鬼社長の迸る視線に今夜も甘く絆される


何度か訪れたことのある伊織の自宅。
高級レジデンスのマンションは、エントランスからエレベーターの距離ですら別世界
大理石の床、どこからともなく流れて来る音楽、飾られている絵画、置かれている観葉植物。
ロビーにあるソファは勿論本革レザーで誂えてあり、コンシェルジュの制服ですら高級ブランドの三つ揃えのスーツのようだ。

三井から預かった鍵を翳し、エレベーターを稼働させる。
玄関ドアは暗証番号になっていて、事前に三井から教わった番号を入力する。

ピロリンという電子音の後にガチャッと開錠された音がした。
重厚感のあるドアを手前に引き、玄関に入ると、ほんのりと甘いムスクの香りが鼻腔を掠めた。
不意にドキッと胸が高鳴る。

すっかり刷り込まれた記憶。
ムスクなのに上品で、少し爽やかさも感じられるこの香りは、香水売り場で嗅いだことがない。

八年前、及川先輩と付き合っていた時に、好みの香水を交換しようということがあり、かなりあちこちの売り場を回ったことがある。
けれど、この香りは嗅いだことがなかった。
この空白の八年の間に開発された香りなのかもしれない。
そんなことを思い浮かべながら、玄関からキッチンへと向かった。

退社後に買い物をし、その足で一旦帰宅し、シャワーを浴びてから伊織のマンションに来た栞那。
今日が仕事納めということもあって、気分的に少し解放感がある。

買い物して来た袋を調理台の上に置き、冷蔵庫の中を確認する。
やっぱり、殆どのものが賞味期限切れ。
栞那はそれらを処分した。

「さてと、作りますか!」

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