鬼社長の迸る視線に今夜も甘く絆される


鶏ごぼうと小松菜の生姜スープ。
仕事に追われ、まともな食事をしていないと三井さんから話を貰い、滋養強壮によくて体が温まる喉越しの良い物をと。
ゴボウはすりおろし、鶏ひき肉の中に混ぜ込んである。
いつも連れて行って貰っているお店がどれも、素材の味を活かした優しい味付けの店が多く、そこからヒントを得て、味付けは出来るだけ薄味に。
鶏肉からもゴボウからもいい出汁は出ているだろうから。

それから、明日以降にも食せるようにと、ハッシュドビーフカレーを煮込んだ。
ハヤシライスだけでは飽きてしまう私が、大学生の頃にハマった味だ。
数種類のスパイスを入れ、カレーの風味を持たせることでちょっぴりスパイシーなのにコクもあって食が進む。
煮込んでおけば冷凍してもいいし、火を通せば数日間もたせることもできるから。

料理上手な彼にとったら大したことのない料理だろう。
味付けだって、手の凝ったものじゃない。
だけど、誰かと食べる食事は、何物にも代えがたいほど美味しいと知っている。

薄味だからこそ、その美味しさが引き立つのか。
ゆっくりと流れる時間がいいスパイスになるのか。
彼と過ごし食事はどれも、優しい味がしたから。

シンクに溜まった調理器具を洗っていた、その時。

「ここで何をしている」
「ッ?!……お帰りなさい」

三つ揃えの細身のスーツを身に纏った伊織が、驚いた様子で現れた。

「三井に頼まれたのか?」
「……はい」
「そうか」

リビングに現れた伊織。
アイランドキッチンだから、栞那は隠れようがない。

ネクタイを緩めながら、伊織は溜息を漏らした。

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