鬼社長の迸る視線に今夜も甘く絆される

「んっ、旨いなこれ。ハッシュドビーフの味なのに、ちゃんとカレーの味もする」
「ンフフッ、でしょ?」
「このスープも結構イケる。旨味がじゅわっと出て来て、鶏団子が旨い」
「ですが、他の料理は全くできません。次はもうありませんからね?」
「ハハハッ、何だそれ。普通こういう時は、『次、何が食べたい?』って聞くもんじゃないのか?」
「だから、料理は苦手なんですっ!これは奇跡的に上手くできたやつで、今まで料理らしいこともして来てないから期待しないで下さい」
「いいよ、料理なんて。俺がするし」
「へ?」
「お前には料理の腕を求めてないから」
「っっ……」

思ったよりもスプーンが進んでいて、栞那はホッと胸を撫で下ろす。
見ない間に少しやつれたように見える。

「お仕事、お忙しいんですね」
「……そうだな」

僅かに顔を曇らせた伊織。
三井が言うように、自ら負荷をかけるように仕事を詰め込んでるのかもしれない。

「私を放置するほど、お忙しいんですか?」
「ッ?!……フフフッ、何だ、構って欲しいのか?」
「手懐けるんじゃなかったんですか?」
「そう来たか。……一本取られたな」

テーブル越しに座る伊織に、意地悪く微笑む栞那。
一瞬でも心が解れるようにと心の中で願いながら。

「うちの父は融通の利かない性格で、小学校の教頭をしています。昔から『出来て当たり前』が口癖で。常に優秀であり続けることを求められました。母はそんな父に盾突くのをずっと堪えていて、私の大学卒業と同時に家を出て、今は鍼灸師をしています。正式にはまだ離婚してませんが、五年後の父の定年に合わせて離婚するらしいです」

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