鬼社長の迸る視線に今夜も甘く絆される
「だから、さっきのセリフは一体何だったんですか?」
食事を終え、食器を片付けながら、栞那はキッチン台に凭れながら缶ビールを飲む伊織を問い詰める。
「昨日今日と、一月スタートのフュージョン時代劇の撮影現場に顔を出して、その時に主演俳優が言ってたセリフだ」
「えぇ~っ?!」
「いやぁ、男の俺でもあのセリフにはきゅんとしたぞ」
ドラマや映画の協賛で下着やルームウエア等を取り扱っているBellissimo。
差し入れと称して顔を出し、営業しているのは知っている。
デザイナーとしても、自身が手掛けた作品が世に出ることを自分の目で見て確認すると以前に話していた。
「急に何を言い出すのかと思いましたよ」
「フフフッ…」
『付き合おう』『好きだ』だなんて陳腐な言葉を期待していたわけじゃない。
社長がそういう王道なセリフを吐くとも思えない。
けれど栞那は、隠された闇を持つ伊織のテリトリーに入れて貰えた気がした。
トラウマ的な核心なことに触れたわけではない。
どういう過去があるのかも、未だに知らない。
けれど、ほんの少しでも一歩近づけた気がした。
「泊ってくだろ?」
「泊ってって欲しいですか?」
「これを飲んだ時点で、送る気はない」
わざと缶ビールを栞那に視線の先にチラつかせる。
「着替えとか、何も用意して来てないですし」
「ボディーソープの香りがするから、シャワーして来ただろ」
「そういうところ、マイナスダメージですよ?」
「何だ、嫉妬か?」
キスをして以来、会話のやり取りは結構スムーズに出来るようになったが、相変わらず手練れてる感が鼻につく。
恋愛経験値は、栞那の唯一のコンプレックスと言ってもいい。