鬼社長の迸る視線に今夜も甘く絆される

ピアノの稽古の帰りだと言って、かんちゃんは伊織の横に座った。

「どうしたの?その怪我」
「……何でもない」
「あの病院、退院できたんだね」

よかったと喜ぶかんちゃんはあの頃と変わらず明るくて。
荒んで自暴自棄になっている自分が惨めに思えた。

「おじいちゃん、元気?」
「……少し前に死んだんだ」
「そうなんだ。……うちのおばあちゃんも去年死んだの」
「え?」

かんちゃんに視線を向けると、目尻に浮かぶ涙を指先で拭う彼女がいた。
必死に笑顔をつくり、伊織に心配かけないようにと振る舞う彼女が痛々しくて。

幼いながらにも辛かったのだと分かるから。
自分だけが悲しいんじゃないと思えたから。

かんちゃんの祖母が口癖にしていた“どんな体でも愛される資格はある”という言葉が思い浮かんだ。
病棟が違ったから数回しか見たことがなかったけれど、優しそうな笑顔の女性(ひと)だった。

目を瞑れば、ちゃんと思い浮かぶ。
いつでも温かく見守って優しく囁きかける祖父の姿が。
振り返るとにこっと笑いながら車椅子を押してくれる祖父の顔が。
高熱に魘された夜にずっと手を握りしめてくれていた手のぬくもりを。

目に見える所にいなくても、しっかりと記憶として息づいていることを改めて思い知った。

「あ、そうだ!おばあちゃんがね、いっくんのおじいちゃんが作ってくれた下着が、凄く着け心地がよくて、よく寝れるって言ってたよ」
「……そうなんだ」
「うん。悪い夢見なくなって、元気になれるって」

肌着メーカーの社長だった祖父。
昔ながらの綿肌着を作っていたが、誰かに喜んで貰えていたことを知った。

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