クールな上司は捜し人〜甘愛を運ぶ幼き想い出
「広大さん、私、電車で帰ります。広大さん、忙しいでしょうし」
「いや、今日は帰るよ。碧に話もあるしね」
「話?」
「あぁ・・・また帰ってから話す」
広大さんの遠く見つめる目に、胸がざわつく。
無言の車内は、息が詰まりそうだった。

いつもなら、ソファに座ってくつろぐ時間。
今日は空気が違っていた。
「付き合った頃、父さんがこっちに戻って来る事、また話すって言ったの、覚えてる?」
確か初めて事務所に行った帰りのこと・・・
「はい、覚えてます」
「俺は、幅広い視野を持った税理士になりたくてね。上場する一般企業の経営を知りたくて、丁度、経理課長を募集してた父さんの友人の武郷社長に頼んで、入社させてもらったんだ」
静かに語る広大さんは、私の手を握った。

「それは一時的なもの。社長も承諾済みでね」
一時的?それって・・・
「本当は、去年の本決算が終わったら、退職するつもりだったんだ。でも、辞められない理由が出来た。もう少し傍に居たい人が出来たから」
広大さんが私の頬を撫でる。
「でも、もうタイムリミットだ。戻らないといけない」
その言葉が理解出来た。会社を辞めるってことだ。

「私も連れて行ってください!」
「本当はそうしたい。でもまだ碧には、あの場所で学ぶ事があるだろ?」
「それは・・・でも、傍に居たいです」
「週末には会える。今の場所でもっと色んな事を学べ」
広大さんは優しく微笑んだ。
「広大さん・・・」
「俺が愛するのは碧だけだ。それだけは信じて欲しい」
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