シークレット・ブルー 〜結ばれてはいけない私たち〜
「誰かいるのかと思ったけど、ひとり? ……泣いてるじゃない。変な子ね」
「ん……」
 
 曖昧に返事をする。
 ほんの少し前まで、ここにもうひとりいたと言っても、きっと信じてくれないだろう。
 これは母親に限った話ではない。誰が見ても同じに決まっている。

「……お母さん、出かけたんじゃなかったの?」

 平静を装わなければという思いが、私の思考を幾分クールダウンさせた。
 話の軸を相手にすり替えてみると、母親がすかさず「それがさ」と饒舌に語り出す。

「アイツ、アタシと会ってない間にほかの女の会ってたみたいなの。腹が立ったからその場で別れてやったのよ。しかもね、女ってのがひとりじゃなくて――」

 男運の悪い母親の、数か月から一年おきに聞くお決まりの展開を、すべてを聞き届ける気力がなかった。
 普段だったら適当に相槌も打てるけれど、私は人生で初めての失恋を経験したばかりなのだ。
 今回ばかりは付き合っていられない。

「ごめん、お母さん。ちょっと調子悪いから、あとでゆっくり聞くね」

 私は母親の言葉をやんわりと遮りながら、飲みかけの紅茶の入ったマグを手に取り、キッチンのシンクに向かう。

「あらそう。風邪? 最悪。アタシに移さないでよね。学生のあんたと違って、仕事休めないんだから」
「うん、わかってる。ごめんね」

 冷たく突き放すような言葉を背中に浴びせられるのは慣れっこだ。
 むしろ、この程度なら冷たいとすら思わないから、感覚が麻痺しているのかもしれない。
 私はすまなそうに謝ったあと、ひとりぶんのマグをシンクに置くと、喪失感に打ちひしがれながら自分の部屋に閉じこもったのだった。
 
 ――さよなら、蒼。
 ……さよなら、もうひとりの私。
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