シークレット・ブルー 〜結ばれてはいけない私たち〜
「こら、一限のゼミ、サボったな」

 二限の授業にはどうにか間に合った。
 うしろのほうの席に杏香を見つけ、さりげなく横に座った直後、杏香が私の手の甲をシャーペンの頭でコツン、と軽く叩いてきた。

「カミジュンも揃って欠席したってことはつまり~……そゆこと?」
「っ……ま、まぁ、そう、かな」
「ふ~ん」

 からかうような視線がむず痒い。
 大講堂での授業は学生同士のおしゃべりの声が目立ちにくいとはいえ、声を潜めて肯定すると、杏香の顔がにやける。

「カミジュンと付き合い始めてから、楽しくてしょうがないって感じだよね、碧は」
「そうだね、毎日楽しいよ」
「この~、幸せ者っ!」
「しーっ。先生に聞こえちゃうよっ」

 怖いもの知らずの杏香は、授業中もついつい会話の声が大きくなってしまいがちだ。
 それを窘めると、杏香はおかしそうに笑ったあと、表情を引き締めた。

「でもさ、冗談は置いといて……碧が幸せそうで、本当によかった。一時は落ち込んじゃってどうなることかと心配したけど」
「杏香がいっぱい話聞いてくれたおかげだよ。ありがとう」

 杏香は蒼の存在を打ち明けた、たった一人の友達だ。
 普通の人は、解離性同一性障害の話をしてもなかなか信じてくれない。
 共感できないものに対しては受け付けない人がほとんどなのは知っているから、敢えて自分から説明しようとも思わなかったのだけど、杏香だけは最初から疑うこともなく受け入れてくれた。
 自分の親でさえ気味悪がって質の悪い冗談だと決めつけられていた身からすると、彼女のような友人は、本当にありがたい。
 今回も、落ち込みまくる私の話を辛抱強く聞き続けてくれた。

「……蒼から、碧のことよろしくって言われてたから」
「蒼から?」
「うん」
「そっか」

 いちど、交代人格である蒼を紹介してから、蒼もたびたび杏香を頼って相談していたらしい。
 思えば、蒼にはほかに親しい人がいるわけでもなく、愚痴をこぼせる人がいなかった。
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