「好き」と言わない選択肢
嫌いな人
「好き」って言いたかった……
 でも、言いたくなかった……

 世の中には、沢山の選択肢があるのだと思う。
何を選ぶかは自分で決めればいい。
だけど、好きなように、自由に決められる事ばかりではない。
限られた世界で、定められた運命の中での選択を、自分で決めなければならい事がある。

 自分で決めた事なら後悔しないと人は言うけれど、本当にそうなのだろうか?

 本当にこの選択が正しかったのか? 
間違っていたのか? 
その答えが出る時が来るのだろか?


 でも、何かを選択しなければ、前に進めない時がある。

 だから、私は決めた。
 悲しまない自分を作る事を……
悲しむ誰かを作らない事を。


 あるようでないような休憩時間にありついたのは夕方4時を回っていた。運よく休憩室には誰の姿もない。紙コップに注がれたカフェラテを手に、観葉植物の影になる奥の席を選んだ。誰も居ないとわかっていても、つい人目のつかない席を選んでしまう。
 角度によっては、座っている事さえ気づかれないこの場所は、私にとって、会社の中で唯一安らげる場所だ。


 カップを口に運び、口の中に広がる甘さに、少し笑みが漏れた。

 入社して四か月が過ぎた。あっという間だったけど、私には貴重な時間だ。早く仕事を覚えて、自分の企画をやってみたい。新人の自分には、まだ遠い事だとはわかっているが、出来る事はなんでもやりたい。

 橋本咲音《はしもとさおん》まだ二十二歳、もう二十二歳。


 がやがやと数人の声と足音が近づいてきた。休憩室に入ってくるのは間違いない。この場所を選んだ事は正解だった。予想した通り、話し声は自動販売機の前で止まった。
 思わず、肩をすぼめ、気付かれないよう息を潜めた。そんな事をしなくても覗き込まれない限り、ここに人がいるなど気付く事はないと思うが……


「なあ、木島。受付の野山さん、ぜったいお前に気があるよな。お前にだけ笑顔向けてねえか?」

 販売機に小銭を入れる音がする。
 飲み物だけ買って早く去って欲しい。だけど、私の願いは届かず、椅子を引く音が響いた。
 座るのか……

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