「好き」と言わない選択肢
「もう、どこに行っていたのよ?」

「色々と立て込んでいたんだよ。咲音、疲れただろ、早く帰って休め。アイスクリーム食っていいからさ」

「やったあー」

「お前のアイスじゃないだろ?」

 おじさんの呆れた声に、笑ってしまったが、遠慮なくアイスは頂く事にした。
 好きなバニラ味をお皿に盛りつけると、カウンター席に座った。

「あっ」

 そうだ、彼はまだ居たんだった。忘れていたわけじゃないけど、忘れたいと思っただけ……

「やっと、戻ってきたな」

 私は、彼の声には答えず、アイスをスプーンにすくって口に運んだ。
 うふふっ。このアイスめったに買えないやつだから美味しい。思わず笑みが漏れてしまう。


「レモンとパッションフルーツのジュースの企画出しただろ? 俺は面白いんじゃないかと思うけどな。まあ、コストが課題になるが、用途の多さをアピール出来たら可能性はあるんじゃないか?」

「えっ? 見て下さったんですか? このバニラアイスにかけても美味しいと思うんです」

 この企画は、自分でも面白いと思えたものだ。でも、まさか、赴任したばかりの彼の目に届くとは思っていなかった。


「ふっ。変わらないな。仕事の話だと答えてくれる。本当に仕事が好きなんだな」

「えっ? 仕事の事ですから…… でも、今後は仕事のお話しは会社でして頂きたいです」

 私は間違った事は言ってない。それなのに、なんだか自分がつまらない人間に思えてくる。


「まあ、そうだな…… じゃあ、何の話ならしてくれる?」

「はあ? 別にお話しする事もないんで……」

「そっかぁ。じゃあ、俺から一ついい?」

 彼は伺うように私の方に目を向けた。
 これまで通り断る事なんて簡単なはずなのに、私は小さく頷いてしまった。


「二年前、ここに来たのは、君と話をしたかったからだ。君がここに居る事を知っていたんだ」

「どういう事ですか?」

「うん。気付かなかったかもしれないけど、この店に君がいるのを何度かみているんだ……」

「えっ?」

 どういう事なのだろうか?会社の人とは鉢合わせした事がないはず。充分に気を付けていたし……


「でも、あの時は、何を言っても言い訳にしかならない気がして、君にちゃんと話を聞いてもらうには、結果をださなきゃならないと思ったんだ…… 二年も経っちゃったけどね」 

 彼は、ふっと小さく息を吐いてグラスを口に運んだ。

「あの…… 言っている意味がさっぱり……」

「そう? じゃあ、また、話し聞いてくれる?」

「今、教えて下さればいいじゃないですか?」

「まさか。俺だって、チャンスは無駄にしたくないからね」

「また、意味の分からない事ばかり……」

 何だか、もやもやする。

「まあ、とにかく、ジュースの企画、もう少し用途の幅を分かりやすくまとめて、出し直してみて。来週中にね」

「えっ?」

 彼は、残りのビールを飲み干すと、私の方を面白そうに見て席を立った。

「ごちそうさま」

 彼は会計を済ませると店を出て行ってしまった。
 なんだったんだろう?

 もんたで私を見たって行っていたけど全く気付かなかった。なんだかすっきりしないが、取り合えずジュースの企画にチャンスが来たのかもしれない。ちょっと嬉しくなって、小さくガッツポーズをした。
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