「好き」と言わない選択肢
 「ただいま!」

 もんたの戸を勢いよく開けた。まだ、開店したばかりで、二人組の男の人がテーブルを囲んでいるだけだった。

「おかえり。あらっ。何かいい事あったの?」

 おばさんが、店の奥から顔を出した。

 私は、カウンターに入り、ジョッキに飲み物を入れた。

「うふふっ。私の企画が通ったの。今年の夏の新商品になるかもしれない」

「まあ、さっちゃん、凄いじゃない」

「凄いな、さっちゃん。おじさん沢山買うからな。店にも出すぞ!」

「おじさん、おばさん、ありがとう。頑張るからね」

 私はいつものカウンター席に座ると、ジョッキを口に運んだ。
 こうやって、おじさんとおばさんに話すと、嬉しさが増してじーんと胸に染みてくる。


 ガラガラと店の戸が開いて、誰かが入ってきた。

「やっぱりここか……」

 この声…… 
 顔をゆっくりと顔をあげると、そこには思った通りの人の顔があった。

「隣いいか?」

 さすがに今日は、嫌だとは言えない。

「どうぞ……」

 彼は、隣に座ると、おじさんにビールを頼んだ。

「あの……、色々と有難うございました。これからも、よろしくお願いします」

 私は、彼にペコリと頭を下げた。


「これは、何の挨拶? そんな改まって言わなくていいよ。これからが、勝負なんだから。お互い、頑張ろう!」

「はい」

「でも…… 皆、橋本さんと今夜は飲みに行きたかったみたいだけど、声かけなかったんだな。たまには、皆と行けばいいのに……」

「そうですね……」

 わかっている。皆が、私が断わりづらくないように、敢えて誘ってこない事。

「これから、企画をやっていくのに、職場以外でのコミュニケーションがアイデアに繋がる事もあると思うよ……」

 今日、皆があんなに一緒に喜んでくれるなんて思ってなかった。いつも、皆と一線ひいてしまうような私の事など、あまりよくは思っていないと思うから……

 でも、皆と深く付き合う事に、どうしても踏み出すことが出来ない……
 私は、黙って下を向いて、自然に膝の上に置いた手を握りしめていた。
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