「好き」と言わない選択肢
 会社の人以外に旨いと言ってもらえた事が、嬉しくて涙が出そうだった。
 店を出ると、私は彼に向かって頭を下げた。

「ありがとうございます。他の店とか、ホテルのレストランや売店にも行きましょう!」

「ふふっ。大丈夫だ、さっき山岸部長が回っていた」

「えっ。部長が? 凄い……」

「まあ、何年もこの仕事やっているからな。でも、ホテルや大きな店は闇雲に回るものじゃない。後は信じて営業部の奴らに任せる事だ。岡田も、かなり力入っているからさ」

「そっか。そうですね。本当に、大勢の人がsukkyを作り上げて下さったんですよね。凄いですね」


「そうだ。だけど、これで満足してちゃだめだ。もう、次の企画が始まっているんだぞ。俺達も次の企画出さなきゃだし、例年のsukkyの企画も始めないとな」

「来年…… 」

「そうだ。一年なんてあっという間なんだから。間に合わなくなるぞ」

「そうですね。頑張らなきゃ」

「ああ…… 橋本…… 今夜一緒に出掛けないか?」

「えっ?」

「仕事以外の話をしたいんだ……」

 彼が私の方を見ている事は分かっていたけど、私は顔を向ける事が出来なかった。


「申し訳ありません。仕事以外の話は苦手なんです」

「そりゃないだろ?」

 彼が言うのも無理はない。でも、彼とこれ以上近づ付きたくない。私は、鞄を持つてをギュッと握った。

「私、やっぱり、あの賭けの事が許せないんです。仕事以外でかかわるつもりはありません。ごめんなさい。今日の夕食会も遠慮させてもらっているので」

「そこまでする必要あるのか? こんな時くらい、皆と楽しんでもいいんじゃないのか?」

「そういう人間なんです! また、明日よろしくお願いします」

「おいっ」

 彼の声が背中に響いたが、私は聞こえないふりをしてホテルに戻った。


 次の日の撮影もスムーズに終わり、夕方の便で羽田に戻った。最低限の仕事の話だけで、彼とは殆ど話をしなかった。正直、彼を避けてしまった。嫌な奴だと思われたかもしれないが、それの方がいい。

 少し疲れたかもしれない。忙しかったから無理がたたったかな……
 少し空港で休んでから帰ろう……

 だけど、皆の歩くスピードについていけなくなってきた。
 目の前に見えたのベンチに座ろうと思ったのだが……

 嫌だ…… 苦しい……

「橋本さん! しっかりして!」

 岸本部長の声が聞こえるが、苦しくて返事が出来ない……

 大きな手が、体を支えてくれたのがわかった。

「おい、どうした!」

 彼の声だ。
 こんなところで……


「誰か、救急車!」

 焦っている彼の顔が、薄っすら見えて消えた……
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