「好き」と言わない選択肢
 苦しそうな彼女を腕に抱えた。一体、何が起きているのかさっぱりわからない。救急車が到着すると、岸本部長が乗り込んだ。俺も乗り込む。

 岸本部長は、鞄から何かを取り出すと、救急隊員に手渡した。隊員は表情を強張らせ、処置を始めると、病院を支持した。
 いつも落ち着いている岸本部長の、こんな慌てた姿は初めて見た。


 空港から少し離れた病院。

「橋本さん。頑張ったね。大丈夫、すぐに楽になるから」

 救急の入口で待っていた医師は、彼女を知っているようだ。

 全くもって何が起きているかわからない。
 俺は、処置室の前で立ち尽くした。


「今、ご両親に連絡したから、間もなく来るわ。もう、遅いし帰って…… 大丈夫だから……」

 そう言ってる部長の顔は、真っ青だ。

「帰れる訳ないじゃないですか。彼女、どうしたんですか?」

「多分…… 疲れが出ただけよ…… ちょっと病弱らしいから、無理しすぎたのかな?」

 病弱ってなんだよ?


 間もなくして、処置室からストレッチャーに乗った彼女が運ばれてきた。

 顔色はよくないが、かなり落ち着いて眠っている。その姿に、ほっと胸をなでおろした。


「咲音!」

 母親であろうと思われる人が、髪を振り乱して走ってきた。

「大丈夫です。今は、落ち着いてますから…… 少しお話しよろしいですか? ご主人が見えてからにしますか?」

 医者が言うと同時に、もう一人の足音が近づいて来た。

「咲音!」

 スーツ姿の男性が、心配そうに彼女を見た。

「あっ。社長……」

 社長が彼女の父親という事なのか? 直接話をしたのは、数えるほどしかないが、間違いなく咲音と俺の務める会社の社長だ……

「木島主任も、岸本部長も、すまなかったね。ありがとう。後は、私達がいるので、かえって休んでくれ。本当に、ありがとう」

 社長……

 両親は、医者と一緒に診察しつに入っていった。俺は、病室に運ばれた彼女の横から、離れる事が出来なかった。

 少しづつ、顔色も良くなってきている。
 そうだよな……頑張っていたんだから、疲れも出るよな。
 それだけだ……

 じっと寝顔を見ていると、彼女の目がうっすら開いた。

「お水……」

「わかった、看護師さんに聞いてみるな」

 彼女の髪をそっと撫でた……


 俺は、病室を出て看護ステーションに向かった。
 廊下の隅から、話し声が聞こえてきた。

「どうして、どうして、撮影になんて行かせたのよ」

 彼女の母の声だと思い、咄嗟に壁に身を隠した。
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