「好き」と言わない選択肢
 一晩ぐっすり休むと、胸の苦しさはほとんど無かった。それと同時に、今日と言う日がある事に感謝した。まだ、やらなければならない事がある。

「拓真兄、毎日来なくていいよ。お店開店したばかりで忙しいでしょ? 二・三日で退院できるし」

「おばさんに、荷物頼まれただけだよ。それに、開店前の時間だからな」

「まったく、ママてばば」

 頬を膨らませる。内心、ママが仕事に追われている事にほっとする。病院ばかりに来ていたら、ママの方が参ってしまうから……


「それとこれ、かあちゃんが漬物だって、こんなもん病院に持ってきていいのかよ?」

「嬉しい、こっそり食べるよ。ねえ、拓真兄……
おじさんと、おばさんに、甘えてばっかりだったね。もう少し、離れなきゃいけないって、ずっと思っていたのに、出来なかった……」

 私が近くに居れば、おばさん達に悲しい思いをさせてしまう。本当に大切な人達なのに……

「ふぅー おやじもかあちゃんも、色々あんだよ。何度も店畳んで別れるって喧嘩してたわ。でも、咲音がいつもあたり前のように帰ってきて、カウンターに座って、宿題したり学校の話したりして、それが二人をいつも仲直りさせていた。
 息子の俺よりお前ってのに笑っちまうけどな。あの二人には咲音が必要なんだよ。それだけでいいだろ? 病院で天井ばっかり見てるから、余計な事考えんだぞ。とっとと仕事に戻れ」

「もう! でも、本当に余計な事ばっかり考えちゃうね……」

 梅雨に入ったばかりの薄暗い窓の外を見た。

 トントン

 病室のドアをノックする音に「はい」と返事をした。
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