「好き」と言わない選択肢
「何か飲みますか?」

「いえ……」

 とりあえず、グラスに注いだアイスコーヒーをテーブルの上に置いた。

「ありがとう。昨日は、見苦しいところを見せしてしまって、すまなかった」

 少し疲れた表情で、頭を下げた。無表情でどこか偉そうな奴だと思っていたが、こんな風に頭を下げる姿が意外だった。

「いや、俺も、少しカッとなってしまったから……」

「あの、勝手な事だとは重々承知の上で、咲音さんの病気の事、今までの事、教えてもらいたい」

 少し考えたが、これ以上、咲音に近づいて欲しくない思いから、病気が分かってからの事を話した。
 咲音が、どんな思いで決めたのか。別れる事が分かっていながら、人と出会う事をしたくない思い。咲音がした決断を、全て話した。


「だから、もう、必要以上に咲音には近づかないで欲しい。咲音が辛くなるだけだ……」

 木島の閉じた目から、ツーっと涙が落ちた。


「彼女の病気が、俺の思い過ごしであって欲しいと思った。正直、今、目の前が真っ暗だ。でも、俺は、彼女に自分の気持ちを伝えるよ」

 俺は、バシッと両手で机の上を叩いた。

「どうして分からないんだよ! あんただって、辛くなるんだぞ」

「分からないんじゃない。分かるからだ…… 拓真さんも辛い決断をしたと思う。俺は、彼女に仕事が出来る事の大切さを教えてもらった。俺は、そんな彼女を好きなだけだ…… どんな彼女も……」


「勝手だな。咲音に、恋を教えたいだとか、同情しているなら俺は絶対に許さない。中途半端な気持ちで近付かないでくれ。無責任な事はするな!」

 木島に、そんな覚悟があるとは思えなかった。
 自分の人生だけでなく、咲音の人生までも大きく変えてしまう事になるのだから……
 しかも、考えたくはないが、咲音の人生はそれほど長くないかもしれない。やり直す時間が無いとしたら……


 だけど、木島は咲音の病室に来た。

 俺が、睨みつけると、木島は大きく頷いた。その目に、覚悟がある事を確信せざるを得なかった。

 木島が、男として咲音に近づいて行くことに、俺自身がどう感じたのかと言えば……
 俺は、咲音に対して、恋愛とか家族とか、どうでもよかったんだと思う。
 木島に対する負け惜しみとかでなく、俺には、俺にしか出来ない関係が咲音との間にあったのだと思っている。

 きっと木島は、泣き続けるだろう……
 でも、俺は、泣かないし、咲音の作ったsukkyを、皆に伝え続けるだけだ……

 俺も、咲音が居なかったら、今の俺は無かった…… 
 咲音が、俺をそこそこまともな人生に導いてくれたんだ……

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