「好き」と言わない選択肢
 そう、彼の想像した通り、私は大阪には行かない。始めから決めていた。発作が起きたら、会社を辞める事は……
 娘の権限なんて使いたくはないけど、パパに頼んで、赴任という形にしてもらった。チームの皆には、元気でいるんだと思って欲しいから……

 荷物を運ぶ彼の姿を、黙って見つめた……

「これ、重いな!」

 えっ! この声……

「パパ!」

「全く、社長を引っ越しに使うなんて、どういう会社なんだか?」

 スーツ姿のパパは、段ボールの荷物を置くと腰をさすった。


「すみません……」

 彼が、ぺこりと頭を下げた。

 どうなっているのよ? パパがここに来るなんて信じられない。離婚してから、一度もパパはこのマンションに足を踏み入れてない。

「使える者は使えばいいのよ。それより、引っ越し祝いしましょう!」

 いつの間にか用意されたデリバリーと飲み物がテーブルに並んだ。

 不貞腐れながらも、テーブルに座った。私の意見なんてまるで無視だ。

 こうやって、誰かの記憶に刻まれ、切ない思い出を作られたくない。そう思っていたけど、目の前のパパとママが並ぶ姿は、もう一度見たいと願っていた光景だ。

「これ旨いな。お前が作ったのか?」

「いいえ。デリバリーよ」

「そうか。いいチョイスだ」

「ええ。選ぶのは得意なのでね」

 ママにじろっと見られたパパは、慌てて缶ビールを口に運んだ。


 「お二人は、どこでお知り合いになったんですか?」

  ええー。普通離婚した人達に聞きますか? 白い目を彼に向けた。

「あら、木島くんたら。それ聞く? パパが今の会社を立ち上げる前に働いていた職場で、ママが経理をしていたのよ」

「えっ。パパとママ同じ職場だったの?」

「じゃあ、社内恋愛ですか?」

「そうよ。あなたたちと一緒よ」

「違うから!」

 私は、ママを睨んだ。ほんと、一緒に暮らすなんて……


「あの頃のパパはクールでカッコよかったなぁ」

「ママだって、男達が振り向く美人だったじゃないか」

「はぁ…… あの頃は、ウキウキして会社行っていたなぁ」

「ほんとに、なんであんな事で、気持ちが浮き立ったかなあ」

 ママとパパは、遠い昔を思い出すように天井を見上げた。
< 43 / 49 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop