「好き」と言わない選択肢
俺の選択肢
 ~木島遥~

 彼女が逝ってしまってから、一か月ほど経つだろうか…… 
 俺は、まだ、彼女の死を受け入れられずにいる。

 彼女の言った通り、辛くて苦しい…… そんな思いをさせたくないと言った、彼女の気持ちが今になってわかる。
 でも、俺は、どんなに今苦しくても、彼女と過ごせた事を後悔はしていない。俺はただ、彼女と一緒に居たかった。そして、自分を好きだと思う人が傍にいる事を知っていて欲しかった。

 咲音に会いたくてたまらない。

 彼女が亡くなってから、はじめてもんたに行った。

「いらっしゃい、あらっ」

 おばさんの、少し悲しそうな顔が向けられた。

 彼女がいつも座るカウンター席には、さりげなくSukkyと花が置かれている。予約席であるかのように。

「はいよ」
 
 何も言わずとも、sukkyと生ビールが出てきた。
 伺うように、おじさんを見ると

「ビールと割ると旨いって、客が言ってた」

「ありがとうございます」

 ジョッキ半分ぐらいのビールに、sukkyを入れて飲み干した。
 久しぶりに、喉に通った気がした。

「旨いですね」

 そう、つぶやいたと同時に、涙が溢れて止まらなくなってしまった。

 どうして、隣りにい居ないんだよ……
 美味しいって、笑ってくれよ……

「おい。やっぱりな……」

 カウンターから、顔を出したのは拓真だった。

「あっ……」

「これ、咲音が、お前に渡してくれって」

 ちょっと厚めの封筒だった。

「えっ?」

「言っておくが、俺は、咲音をお前に譲ったつもりはない。愛し方ってのは色々な形があるだろ?
俺は、咲音の病気の事をはじめから知っていた。ものすごくショックだった。でも、咲音は自分が居なくなった後の、悲しむ人の事ばかり心配してた。
俺は、その気持ちに応えた。だから泣かねえし、苦しい姿も見せない。でも、もんたとBARを咲音の作ったsukkyでいっぱいにしてやる。ずっと、ずっとな」

 拓真は、カウンターの上のsukkyを切なそうに見つめた。

 俺は、ただ唇をかみしめる事しかできなかった。
 情けない…… 彼女を見守って来た人達は、咲音の望みを受け止めているのに、俺は……

「だけど、あんたの情けない愛し方を否定するつもりもない。咲音が、最後にそばにいて欲しかったのは、間違いなくあんただから…… 
一緒に苦しんでくれた人が居た事も、悪くなかったんじゃないかって思う。ちゃんと渡したからな」

「ああ…… ありがとう」

 俺は、ゆっくりと丁寧に封筒を開いた。
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