【電子書籍化】婚約13年目ですが、いまだに愛されていません~愛されたい王女と愛さないように必死な次期公爵~
 一方、帰国後すぐに婚約者のいるイヴェルクへ向かったルーナは、日々を息苦しく過ごしていた。
 婚約者のテネブラエは、やや長めの黒い髪に金の瞳を持つ、長身で細身のすらっとした男だ。
 年齢はまだ20に届いておらず、ルーナやフレデリカとさほど変わらない。
 ハリバロフにいた頃のように、使用人にまで厄介者扱いはされないのだが、テネブラエは横暴で、ルーナが意見することを許さない。
 気に入らないことがあれば厳しく叱責され、時には体罰を受ける。

 通常なら、たとえ婚約者であっても、一国の姫をそのように扱えば、処分がくだされるのかもしれない。
 けれど、ルーナは知っている。王家も、国も、自分を守ってくれないことを。
 どうせ、テネブラエがこういう男だとわかっていて、嫁に出しているのだ。
 虐げられているような状況であると話したところで、助けなどきはしない。
 
 そんな暮らしが始まって、数週間ほどが経ったころだったろうか。
 その日のルーナも、まったく意味のわからないことが理由で、詰め寄られていた。
 イヴェルクの貴族たちは、正式に婚姻を結ぶまで身体の関係を持たない。そのため、二人の寝室は別々だ。
 ルーナは、自分に与えられた部屋で、テネブラエの怒鳴り声を遠くに聞いていた。
 ハリバロフから取り寄せた調度品に、彼から贈られた美しい花々。
 素敵なものに囲まれているはずなのに、彼女がときめくことはない。

 リエルタでの暮らしとの落差もあり、ルーナの心はすっかり擦り切れていた。
 透き通った青い瞳も、今は虚ろに目の前のものを映すだけ。
 ぼうっと虚空を見つめながら、ルーナは楽しかった日々に想いを馳せ……ついに、大好きな人たちの名を、口にしてしまった。

「フリッカ。…………アル」

 ルーナから飛び出した、男の名前。
 テネブラエは激怒し、ルーナの頬を叩いた。
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