正しい恋の終わり方

第1話 三山ホールディングス


 金城健翔は東証一部上場企業、の関係会社に勤める男だ。
 大企業の100%子会社的な立場、と言うのをリクルートの売り文句にしているが実際の所は親会社から扱いの辛くなられた退職手前の社員を押し付ける天下りとも言える。

 ここ数年では健翔の会社、三山コンサルにも若い社員が多く入り、大手と言われる親会社側の三山ホールディングスもすっかり若手で埋め尽くされていた。
 そんな中健翔も今年で38歳、役職も中堅所となり、子会社とは言えども親会社の若手達に仕事を指導する等という機会も増えている。

 健翔本人は社会の暗黙に従い子会社なりの態度で接してはいるが、親会社の若きエリート達はそんな事等気にすることもなく健翔をそれなりに頼れる先輩的な立場と認識していた。


 今年は三山コンサルでも数人の新入社員を採用していると聞く。
 健翔のいる本社採用ではないので、実際の所はどんな人間がどこの支店に配属されたなどは知らないし、興味もなかった。

 基本的に三山ホールディングス本社ビルの一角を借りて入り込んでいる健翔達が関わる新人は、三山ホールディングス本隊に採用された超高学歴人達だ。

 健翔自身は高校卒業後、様々な仕事を転々としながら、低学歴なりの職歴を経て、その営業力と物覚えの良さを買われて運良く今の地位に居座った。

 それでも三山コンサルは子会社レベル。
 三山ホールディングス本隊が所持するこの本社ビルでは高校卒業等という大凡人間とも思えない称号を引っさげて入社する人間はいない。

 健翔が自身に感じる劣等感すら馬鹿馬鹿しいと思えるほどに、周りは修士やら博士やらのここへ来なければ知ることもなかったような称号を持つ人間で溢れていた。

「今年の女子はどぉーだ?」


 健翔はいつも通り、誰に言うとでもなくデスクに突っ伏しながらそうつぶやいた。

「あ?大した女なんかいねーよ、こんな会社。大体可愛いのは商社とか営業持ってかれるんだよ、ここは本社っつっても研究メインだし、理系の女なんてやべーやつしかいねーよ?」

 隣に立つ成績優秀、学歴外見共に勝組に分類される博士自慢のエリート男は健翔の低俗で馬鹿馬鹿しい疑問に真っ向から否定で返す。
 実際の所健翔だってそこまで興味があるわけではない。

 自身は結婚しているし子供もいる。
 それなりに恋もしたし、遊んだ女は数しれずだ。
 高卒であれば大体それだけで世間はお察しするだろうと言った生き方を地で行くのが健翔である。
 ただ仕事もすっかり慣れ、大抵の難問やクレームもほどほど適当に捌けてしまうつまらない日常に刺激の一つでもないものかも、そんな事をあるわけもないとわかりつつ言葉にしたくなる、そんな年頃なのだ。


「大体結婚して、子供いて、今更どーすんの?てか、マジで死にてえ。なんの為に生きてんだろ」


 社会的に必要な肩書は大凡揃えているエリート男子は、珍しく健翔と同い年で会社は違えどある意味では同期と言える貴重な存在だ。
 結城はだが三山ホールディングスを超える大手からも誘いが来るような、それなりの研究成果を挙げられる人間であり、今年若くして課長にまで上がった精鋭であった。高卒の健翔とは天と地程の差があるものの、それでも何かしらのウマが合うようで暇さえあればこんな軽口としょうもない愚痴を零し合っていた。


「んー、、、愛人?とか。君もそろそろいい年だし、学歴も金も嫁も家も車も持ってるわけだし。後はよくあるサラリーマン的に愛人の一人でもいないと男としてどうなん?って感じになるのでは」


 相も変わらず口の悪いエリート同期に健翔はあたかも真っ当な事を言ったかのようにさらっと不倫をお勧めした。

「どうせどんな女とやったって同じっしょ?君もそう言ってたじゃん。てか、飽きるし、つまんねぇよ。何、金城は愛人いんの?」
「え、愛人ねぇ、、、、まあ、いるよ」

「あぁー、、、え、てか、どこでつくんの?そんなの。つーか結婚てもう他の女と関わらないって契約だしね」


 結婚とは契約だ。
 男は一人の女のATMとなり、その他異性との関わりを禁ずる。
 代わりに女は日々美味しい飯をつくり、家をきれいにし、ついでに働き、子を育てる。
 そして夫以外との恋愛、その他関わりを大凡禁ずる。

 この現代において恐ろしいほど、この部分だけが酷く、滑稽で、風化した伝説のように思えた。

「不倫ってそんなにだめかね」
「いや、だからそういう契約だから」

 健翔は、結城のどこか嫉妬や苛立ちに近い感情を孕んだその言葉を心底面白そうに笑った。
 
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