幼なじみのハイスペ若頭が結婚を諦めてくれません。


 神速とはこのことだろう。一瞬奴の姿が消えたかに思えた。
 その直後には、俺の腹に奴の左手がめり込んでいた。比喩ではなく、奴の拳は熱かった。


「う……っ」


 自分自身を支え切ることができず、無様にも立膝をついてしまった。


「勝負あり!!」
「ま、マジかよ!」
「あの悠生に勝っちまいやがった」


 クソ、最悪だ……。
 絶対負けたくなんかなかったのに。

 あいつは肩で息をしながら、俺を見下ろす。


「鏡花は、俺のものだ」

「……っ!」

「やっと手に入れたんだ。誰にも邪魔させない」

「テメェ……っ」

「お前にも誰にも、鏡花は……」


 その直後、ガクッと膝から崩れ落ちたかと思うとそのまま倒れ込んだ。見れば顔は真っ赤で、大汗をかいていた。
 ゼェゼェとしんどそうに息をしている。


「那桜っ!!」


 血相を変えたお嬢が稽古場の中に駆け寄る。


「那桜!!しっかりして!!すごい熱……!」
「お、おいヤベェんじゃねぇか!?」
「誰か病院に連れて行って!!」


 お嬢の悲痛な叫びが響く中、俺はただただ悔しさを噛み締めることしかなかった。


「クソ……っ」


 何なんだよ、テメェは。そんな体で俺とやり合って勝ったのか。
 そこまでしてお嬢に本気ってことなのかよ。

 ただ一つ確かなことは、俺はこの男に完敗したという事実だけだった。


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