ざまぁ代行、承ります。星空の女神は沈黙の第二皇子とお兄様に溺愛されて、代行業に支障を来しているようです。
「アンバーと申します」

 彼に促された従者は、音も立てず静かに壁際からベッド脇へ移動すると、私に頭を下げた。雰囲気、顔達、声質──そのどれもが、彼にそっくりだけれど……。

「影武者のようだわ」
「……あれ、説明したっけ」

 副作用でおかしくなっている頭では、本来口にしてはいけない言葉を口に出さないよう内に留める機能すらうまく働いていないようだ。
 私が口にしてはいけない言葉を吐露すれば、彼はぽかんと間抜けな表情を浮かべて、私を見つめる。

「……ごめんなさい。面と向かって、指摘するようなことではなかったわね……」
「謝らないで。気づいてくれて嬉しいよ」
「嬉しい……?」
「沈黙の皇子と呼ばれているのは、アンバーなんだ」

 彼は思いがけない秘密を、私にあっさりと打ち明けた。
 影武者。沈黙の皇子。従者のアンバー。その言葉で導き出される結論は、世間一般的なディミオ・アル厶の立ち振舞いを覆す、裏事情だった。

「兄さんは、おれが目立つ行動をしようとすればするほど、おれを潰そうと躍起になった。おれがディミオ・アル厶を名乗ると、国が真っ二つに割れかねない。だから、アンバーに押し付けることにした」
「入れ替わっていたの?」
「5歳までは普通に過ごしていたけど、一昨日までは入れ替わってたかな」
「じゃあ、昨日は……」
「永遠に入れ替わり続けるのは無理があるから、夜会に出席してディミオ・アル厶としての感覚を取り戻せと蹴飛ばされた。5分で面倒になって会場を彷徨(さまよ)い歩いていたら、君に出会ったんだ」

 彼はアンバーと入れ替わり、夜会に出席したお陰で私に出会えたとご満悦な様子だ。
 第二皇子が長い間従者と入れ替わってたいたなど……。伯爵令嬢が聞いて良い話ではないわ。何よりも、私達の会話は地獄耳の魔法が使えるお兄様だって聞いている。お兄様は利益を得るためなら、王族を脅すことも厭わないでしょう。
 彼の身に何かあれば、真っ先に疑われるのは私だわ。

「アンバーとして君へ会いに行ってもいいけれど、第二皇子の従者が星空の女神へ頻繁(ひんぱん)に会っているなんて噂が経てば、君に悪さを企てる不届き者が現れるかもしれない。おれはこれから君を幸せにする為、ディミオ・アル厶として生きる。君が庶民的な暮らしを望むのなら、アンバーとして暮らしてもいいけどね」

 王族が生涯従者と入れ替わって生き続けるなど、とんでもない話だわ。第一皇子が皇帝になれば、第二皇子はそれほど重要視されることなどないでしょうけれど……。アンバーとして生き続けた彼が、不慮の事故に巻き込まれでもしたら……。

 王家にどこの馬とも分からぬ骨が混ざり、我が物顔で王族を名乗ることになれば、従者は生きた心地がしないでしょう。その気になれば彼は従者と人生を入れ替えても構わないと言うけれど、この国の未来を考えるのならば、そんなこと。絶対にあってはならないことだわ。
 皇后になりたくないと駄々をこねた上、彼に大罪を背負えなど……口が裂けても願えるはずもない。
< 34 / 118 >

この作品をシェア

pagetop