ざまぁ代行、承ります。星空の女神は沈黙の第二皇子とお兄様に溺愛されて、代行業に支障を来しているようです。
「お、お待たせ、しました……!」

 お兄様の機嫌が少しだけ直った頃。
 息を切らせたツカエミヤが、教会に飛び込んできた。
 15分では足りなかったようで、ツカエミヤはかなり疲弊している。
 祭司に頼んで水を持って越させ、彼女に飲ませた私は、ツカエミヤが落ち着くまでお兄様と寄り添って待っていた。

「神の代行者様は……そちらの殿方は……とても仲がいいのですね……。えと、恋人同士ですか……?」

 恋人に間違えられたお兄様は、機嫌良くニヤニヤと笑っていた。
 このままだと勘違いされたままになってしまうわ。
 お兄様の機嫌を損ねてしまうかもしれないけれど、ツカエミヤが侍女となるならば殿下と顔を合わせる機会もあるでしょうし──ここは素直に、否定しておくべきだわ。

「いいえ。血の繋がった、私のお兄様よ」
「ほ、本当にお兄さんなんですか!?こ、これは失礼致しました……っ。大変仲が良さそうに見えたので……、てっきり……」
「なんで否定すんだよ」
「殿下の件があるでしょう。嫌よ。知り合いに二股令嬢と囁かれるのは」
「断ればいいだけだろ」
「王命が下れば、殿下との婚姻は逃れらないわ。殿下とは10年現状維持を約束したけれど……待ちきれないようだから……」

 彼が直接カフシーの領地にやってきて王命を告げるのは、そう遠い未来の話ではなさそうなのよね。
 彼の我慢と私の忍耐力がいつまで続くかは──神のみぞ知る。
 私の意志に関係なく、婚姻の話が進む前に。私は準備を整えなければならないの。お兄様だって、そうなる可能性を考慮していないわけではないでしょうに……。

「てめぇは俺のもんだ」
「わかったから、その話は置いておきましょう。ツカエミヤ。私は15分前にこの場所で、どんな祝詞を紡いでいた?」
「は、はい。申し上げます」

 私を抱きしめる腕の力を強めたお兄様は放置して、私はツカエミヤに問いかけた。
 彼女は緊張した面持ちで、時折(ども)りながらも必死に私へ祝詞を一言一句違わず伝えようとする。
 その姿がとても一生懸命で。彼女の心が美しいことを表していた。

「か、神の代行者は、恋をしない。迷える子羊を救う為に命を()しているから。神の代行者は、誰も愛さない。たった一人を愛するよりも、迷える子羊を(いつくし)しみたいから」

 お兄様が当てつけだと私を非難した理由は、この祝詞にある。
 神へ捧げしこの祝詞は、私が現在誰に対しても恋愛感情を持ち合わせていないことを意味する。
 冗談なのか本気なのかはわからないけれど、お兄様は私を誰にも渡さないと束縛し始めた。
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