ざまぁ代行、承ります。星空の女神は沈黙の第二皇子とお兄様に溺愛されて、代行業に支障を来しているようです。
「お兄様ばかり、ずるいわ」
「はっ。俺の唇に、触れてぇの?」

 私はお兄様の望みを叶えるために、用意された人形ではないことを伝えたかっただけなのに……。馬鹿にしたように笑い飛ばしたお兄様は、私の唇から手を離し、私の手を取って自らの唇に誘う。

「触りたきゃ、触れよ」

 その憎たらしい態度が、ムカつくわね……。
 私は眉を潜めながら、命じられた通りにお兄様の唇をなぞった。
 彼と唇を重ね合わせた時とは、また違った感触を……指の腹から感じる。
 お兄様の唇は潤いが足りないのか、カサカサとしていた。

「お兄様はもっと、身だしなみに気を使うべきだわ」
「めちゃくちゃ気遣ってんだろ」
「外見に清潔感はあるけれど、もっと唇に潤いを……」
「女じゃねぇんだから、必要ねぇだろ」
「男性向けも、販売されているはずよ」
「俺が色気付いて、どうすんだよ……」

 お兄様の言い方では、もっと私に綺麗になる努力をしろと遠巻きに伝えているようで、ムカつくわね……。

「はぐらかすなら、もういいわ。お兄様に真面目な質問をした、私が馬鹿だったみたい」
「そうかよ」

 お兄様は私の上に覆いかぶさるのをやめると、私の隣に改めて寝転がり直した。
 聞きたいことも聞けず、お兄様を喜ばせることばかりして、私だけが何も得られていないなんて、癪だわ……。

「お兄様」
「なんだよ」
「どうしていれば、お兄様はよく眠れるの?」
「──抱きまくら」
「妹を人間抱きまくらとして利用するなんて、最低な兄ね」
「なんでだよ。てめぇが提案したんだろ」

 ふざけんなと軽口を叩くお兄様の方へ、ゆっくりと身体を動かす。
 お兄様は遠慮がちに私の身体を両腕で固定すると、ゆっくりと目を閉じた。

 このまま眠りたい所だけれど……。
 私はお兄様が寝言を呟いていないか確かめる為に、添い寝をする事になったのよね。確認が取れるまでは、起きていなくちゃ。

「……ティナ……」

 お兄様が眠りについてから、どれほどの時間が経ったのかしら。
 ツカエミヤは5秒に一度、お兄様が私の名前を呟いていたと報告していたけれど……。

「ミスティナ……」

 ツカエミヤの言っていたことは、本当だったのね。
 お兄様は動物が鳴き声を上げるように、私の名前を呟き続けている。
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