ざまぁ代行、承ります。星空の女神は沈黙の第二皇子とお兄様に溺愛されて、代行業に支障を来しているようです。

お兄様と馬車の中で

「面白いことになってんじゃねぇか」

 馬車には、私とそう年齢の変わらない青年がすでに乗り込んでいる。
 無礼な態度を取るこの人は、私のお兄様。いつも妹の私を下に見ては、大人気なく張り合ってくるのよね。
 精神年齢が子どもだから、売り言葉に買い言葉とばかりに私が食って掛かれば収集がつかなくなる。
 立派なレディたるもの、下々から喧嘩を売られたとしても、そよぐ風のように受け流すべきだわ。

「お兄様の地獄耳は便利ですわね」
「俺には変身魔法が使えねぇからなぁ。てめぇらのサポートするしか脳がねぇんだよ。で?あれ、どうすんだ?」
「どうもしないわ。そのうち諦めるでしょう」
「沈黙の第二皇子が、星空の女神様なんて小っ恥ずかしい名前で、てめぇのこと呼んでんだぜ?諦めるわけねぇだろ」

 お兄様は私に向けて、合掌した。
 貴族であれば誰だって、一度くらいは王家と縁を繋ぎたいと夢を見るもの。
 その夢が、思いがけない所で叶うとしたら──お兄様は喜んで妹を差し出す。そんな所かしら。

 ああ、嫌だわ。お兄様の前では、隠し事などできないから。不便で仕方ない。
 お兄様は変身魔法こそ使えないけれど、優れた耳を持っている。半径1km程度の会話は、常にお兄様へ筒抜けなのよね。
 地獄耳の前では、乙女の秘密すらも暴かれる。
 そう嫌がってもいられない事情があるから、私はお兄様とペアを組んで活動を続けているのだけれど……。

 変身魔法で依頼者へ姿を変え、現場に潜入する私達の安全を確保するためには、お兄様は必要不可欠な存在だわ。
 命に関わるような危機であれば、お兄様が止めに入る手筈になっている。
 先程第二皇子に迫られた場面だって、もしもの時はお兄様が助けてくださったことでしょう。私はお兄様に借りなど作りたくないから、自分で解決してみせたけれど。

「気の迷いよ。どうせすぐに忘れるわ」
「ほんと能天気だな。どうせすぐに忘れるような状況だったら、面白がったりするわけがねぇ」

 お兄様は意地汚い笑みを浮かべ、私を見つめた。
 馬車は夜会の会場からドンドンと遠ざかっていくけれど、お兄様の耳には、リアルタイムで第二皇子の声が聞こえているんでしょうね。
 本当に、地獄耳って面倒だわ。
 私が否定したい現実を、お兄様は突き付けて来るのだから……。
 本当に勘弁して欲しい。将来の皇帝ともなる方が、ぽっと出の女に一目惚れだなんて。どうかしているわ。

「星空の女神は夜空のように美しき藍色の髪と、星のように輝く瞳を持っている。必ずおれの元に連れてこい」
「……なんですって?」

 私は普段のお兄様からは想像もつかない丁寧な口調を聞き、思わず聞き返す。
 内容も物騒だけれど、口調だって明らかに第二皇子を真似たものだわ。
 お兄様の地獄耳がキャッチした言葉だと気づいた私は、わなわなと震えながら、スカートの裾を握りしめる。

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