役目を終えた悪役令嬢
序章 婚約破棄の裏側にて
「デルフィーナ。本日を以て、君との婚約を解消する」
ローレン王国の王都に位置する、アナスタシア学院。王国内の貴族と平民が共に勉学に励む学舎の大ホールでは本日卒業式が挙行され、その後にパーティーが執り行われていた。
美しく着飾った卒業生と在校生、その他の関係者たちが集まるホールに、凜とした声が響く。歓談や食事をしていた者たちはただならぬ空気を察して、声のした方を見やった。
ホールの中央付近に、三人の男女がいる。並んで立つ男女のうち片方の名は、誰もが知っていた。
黒髪はきっちりと整えられており、眼鏡をかけている。今年度の卒業生の中で首席に選ばれた、ローレン王国の第一王子であるニコラスだ。彼はピンクベージュの髪を持つ小柄な少女と並んで立ち、正面にいる背の高い女性と向き合っている。
「デルフィーナ。君はもう既に、ケンドール伯爵令嬢ではない。よって、僕たちの婚約関係を継続することはできない。……わかってくれるな」
「ええ、もちろんでございます、殿下」
デルフィーナ、と呼ばれた令嬢は落ち着いて答える。
豊かに波打つ赤茶色の髪に、ルビーのごとき色合いの瞳。絶世の美女だと誰もが認める容姿だが、その装いはベージュ色の飾り気のないドレスだけという、華やかなパーティー会場に不似合いなほど地味なものだ。
彼女はニコラス王子と同い年の十八歳で、この卒業式を以て学院を卒業する――はずだった。
「ケンドール伯爵家は、父の悪行により取り潰し処分を受けました。わたくしは学院長様のご厚意で卒業式の見学を許されましたが、本来ならばこの学舎に足を踏み入れることもできぬ身。そんなわたくしでは、殿下の妃にはなれません」
「すまない、デルフィーナ。君は、心を鬼にして実家の断罪を行ったというのに……」
「謝罪はなしですよ、殿下。それにあなたが謝ってしまわれては、エミリさんもお困りになるでしょう」
そう言ってデルフィーナは、ニコラスの隣に立つ少女に視線をやる。彼女は下級生なので、卒業生の証しであるコサージュを胸につけていない。
落ち着いたキャメル色のドレスを着た少女はデルフィーナの視線を受けてぐっと面を上げ、表情を引きしめた。
「デルフィーナ様。私にはまだ、ニコラス様の妃になれるほどの力がありません。ですが必ずや恥のない淑女になって、ローレン王国を守る国母となります!」
「ええ。そうして強く前を向けるあなただからこそ、ニコラス殿下に見初められたのよ」
デルフィーナは微笑み、ニコラスに視線を戻してから優雅にお辞儀をした。
「本日はご卒業、おめでとうございます、殿下。婚約解消の件、承りました。エミリさんとどうか、お幸せに」
「ありがとう、デルフィーナ」
ニコラスは指先で眼鏡をくいっと持ち上げてからエミリの肩を抱き、会場に集まる者たちの方を向いた。
「皆、聞いてくれ! 私、ニコラス・スペンサー・エルドレッドは、デルフィーナとの婚約を解消し、新たにエミリ・コーネル男爵令嬢と婚約する! この件は、国王陛下ならびに王妃殿下もご承知のことである。未熟な私たちだが……必ずや、ローレン王国をより繁栄させてみせる!」
王子の宣言に、最初は勢いに呑まれていた者たちが次第にざわめき始める。そして、パチパチパチ……と拍手が起こり、あっという間にそれは会場を震わせるほどになった。
決意を新たにした王子と、華奢な雰囲気ながらも強い意志を感じさせる眼差しをした、男爵令嬢。そんなふたりの隣では――
(……あぁー! やった、ついに、やったわ! 断罪エンド回避、完了ー!)
元伯爵令嬢・デルフィーナが慎ましい笑顔の下で、勝利の雄叫びをあげていたのだった。
ローレン王国の王都に位置する、アナスタシア学院。王国内の貴族と平民が共に勉学に励む学舎の大ホールでは本日卒業式が挙行され、その後にパーティーが執り行われていた。
美しく着飾った卒業生と在校生、その他の関係者たちが集まるホールに、凜とした声が響く。歓談や食事をしていた者たちはただならぬ空気を察して、声のした方を見やった。
ホールの中央付近に、三人の男女がいる。並んで立つ男女のうち片方の名は、誰もが知っていた。
黒髪はきっちりと整えられており、眼鏡をかけている。今年度の卒業生の中で首席に選ばれた、ローレン王国の第一王子であるニコラスだ。彼はピンクベージュの髪を持つ小柄な少女と並んで立ち、正面にいる背の高い女性と向き合っている。
「デルフィーナ。君はもう既に、ケンドール伯爵令嬢ではない。よって、僕たちの婚約関係を継続することはできない。……わかってくれるな」
「ええ、もちろんでございます、殿下」
デルフィーナ、と呼ばれた令嬢は落ち着いて答える。
豊かに波打つ赤茶色の髪に、ルビーのごとき色合いの瞳。絶世の美女だと誰もが認める容姿だが、その装いはベージュ色の飾り気のないドレスだけという、華やかなパーティー会場に不似合いなほど地味なものだ。
彼女はニコラス王子と同い年の十八歳で、この卒業式を以て学院を卒業する――はずだった。
「ケンドール伯爵家は、父の悪行により取り潰し処分を受けました。わたくしは学院長様のご厚意で卒業式の見学を許されましたが、本来ならばこの学舎に足を踏み入れることもできぬ身。そんなわたくしでは、殿下の妃にはなれません」
「すまない、デルフィーナ。君は、心を鬼にして実家の断罪を行ったというのに……」
「謝罪はなしですよ、殿下。それにあなたが謝ってしまわれては、エミリさんもお困りになるでしょう」
そう言ってデルフィーナは、ニコラスの隣に立つ少女に視線をやる。彼女は下級生なので、卒業生の証しであるコサージュを胸につけていない。
落ち着いたキャメル色のドレスを着た少女はデルフィーナの視線を受けてぐっと面を上げ、表情を引きしめた。
「デルフィーナ様。私にはまだ、ニコラス様の妃になれるほどの力がありません。ですが必ずや恥のない淑女になって、ローレン王国を守る国母となります!」
「ええ。そうして強く前を向けるあなただからこそ、ニコラス殿下に見初められたのよ」
デルフィーナは微笑み、ニコラスに視線を戻してから優雅にお辞儀をした。
「本日はご卒業、おめでとうございます、殿下。婚約解消の件、承りました。エミリさんとどうか、お幸せに」
「ありがとう、デルフィーナ」
ニコラスは指先で眼鏡をくいっと持ち上げてからエミリの肩を抱き、会場に集まる者たちの方を向いた。
「皆、聞いてくれ! 私、ニコラス・スペンサー・エルドレッドは、デルフィーナとの婚約を解消し、新たにエミリ・コーネル男爵令嬢と婚約する! この件は、国王陛下ならびに王妃殿下もご承知のことである。未熟な私たちだが……必ずや、ローレン王国をより繁栄させてみせる!」
王子の宣言に、最初は勢いに呑まれていた者たちが次第にざわめき始める。そして、パチパチパチ……と拍手が起こり、あっという間にそれは会場を震わせるほどになった。
決意を新たにした王子と、華奢な雰囲気ながらも強い意志を感じさせる眼差しをした、男爵令嬢。そんなふたりの隣では――
(……あぁー! やった、ついに、やったわ! 断罪エンド回避、完了ー!)
元伯爵令嬢・デルフィーナが慎ましい笑顔の下で、勝利の雄叫びをあげていたのだった。
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