役目を終えた悪役令嬢
「ええと。わたくし、実はやりたいことがありまして」
「なんでしょうか? 私にできることなら、なんでもあなたの願いを叶えましょう」

 セドリックが笑顔で聞いてくる。この人なら、「新品のドレスを百着買ってください」とねだってもあっさり了解しそうだ。
 そんなセドリックを説き伏せるべく、私は再び口を開く。

「わたくし、学院を卒業したいのです!」
「……アナスタシア学院のことですか?」
「はい。わたくしは先日、退学処分を受けました。もちろん、処分自体は覚悟しておりました。ですがやはり、アナスタシア学院で青春を謳歌し、卒業証書を受け取りたかった……と思っているのです」

 今思いついた言い訳だけど、まったくの虚言ではない。
 悪役令嬢として断罪エンドを迎えたくないと思っていたけれど、私が役目を放棄すればエミリにとって困ったことになるのではないかとも思っていた。

 ゲームでエミリは淑女としての才能を磨き、ライバル令嬢たちとお茶会バトルやダンスバトル、お勉強バトルなどをして勝っていく必要がある。これをクリアしないとストーリーが進まないので、もし能力値が足りないのならひたすら勉強をする必要があった。
 そしてどのルートでも最後に待ち構えているのが、デルフィーナだった。嫌みなお嬢様ではあるけれどあらゆる才能に溢れたデルフィーナをバトルで倒すことで、攻略対象とのハッピーエンドを迎えられる。

 あまり主人公を育てていなかったら、デルフィーナに勝利することはできない。その場合もゲームオーバーになるわけではなくて、ノーマルエンドになるだけ。とはいえ、ハッピーエンドと比べるとすごくあっさりしたエンディングになってしまう。

 エミリには是非とも、ゲーム主人公としての役目を全うさせてあげたい。だから私は貴族としての義務で入った生徒会活動や学校行事の主催などもこなしつつ、エミリの前に立ち塞がる最強の壁であるべく自己研鑽も行い、ニコラスとの計画も進め……と、努力してきた。

 つまり、私の学院生活の大半はそういったことに費やしたので、青春を謳歌できなかったのだ。私だって、クラブ活動をしたり買い食いをしたり庭を散策したり、そういうことをしたかった。
 セドリックは、意外そうに目を瞬かせた。

「卒業証書が、それほど欲しかったのですか?」
「ひとりの女子生徒として学院生活を満喫した、という思い出の証しとしての卒業証書が欲しかったのです。もちろんわたくしはニコラス殿下の婚約者でありケンドール伯爵家の娘でしたから、自由な時間などなかったのですが」
「……それはお辛いことですね。あなたが努力なさっている姿は拝見しておりましたが確かに、精神的に余裕があるとは言えなかったでしょう」

 セドリックは同情的な眼差しになり、ふむ、と考え込んだ。
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