役目を終えた悪役令嬢
「このたびはご卒業、ならびにご婚約おめでとうございます、ニコラス殿下。ご歓談中のところ失礼しますが、デルフィーナ嬢にご挨拶をしてもよろしいでしょうか」
「セドリックか。君はデルフィーナと親しい間柄だったのか?」
「そういうわけではございません」

 セドリックが柔和な微笑みを浮かべながら言うけれど、まさにその通りだ。
 セドリック・シャーウッド。名門貴族の当主であるシャーウッド侯爵を伯父に持ち、父親は護衛騎士団長を務めている。彼自身優秀な騎士で、しかも王国でも数少ないドラゴンを乗りこなす竜騎士ということもあり有名だった。
 騎士団長の息子といったら明るい細マッチョのイメージがあるけれど、このゲームにおける熱血キャラはエミリ付きの執事だ。熱血執事ってそれはそれでどうなのかと思うが、まあ置いといて。

 セドリックは現在二十歳で、学院の卒業生。ゲームでは、ニコラスの護衛騎士として登場する。穏やかで柔らかい物腰、まさに理想の王子様といったキャラクターなので、かなりの人気を誇っていた。かく言う私も攻略対象の中ではセドリックがお気に入りで、リメイク版で彼の設定が掘り下げられるのを楽しみにしていた。
 いやしかし、実物は本当に美形だ。オリジナル版はそこまで画質がよくなかったけれど、リメイク版ではこんな感じで彼の美々しさがよく伝わってきていたんだろうか。

 ただ、今の私は悪役令嬢・デルフィーナ。結果としてエミリはニコラスを選んだけれど、彼女が誰と恋に落ちるかは最初の段階ではわからなかった。だからいくら前世の私がセドリック推しだとしても、ゲームはゲーム、現実は現実、と割り切ってセドリックのことは挨拶をするくらいの仲にとどめていた。
 ニコラスは自分の護衛騎士相手だからか気さくな様子だけど、対する私の方はそうもいかない。だって、これまでほとんど関わりのなかった人だもの。いくらイケメン、いくら前世での推しでも、嬉しさより戸惑いの方が大きいというか……。

 はっ。もしかして「元伯爵令嬢の分際で、ニコラス殿下に近付くな!」と威嚇してくるのかも? セドリックは穏やかなキャラだけど、ニコラスへの忠誠心は本物だ。このまま会場からつまみ出されてしまったり……。
 それは仕方のないことかもしれないけれど、まずはニコラスと話がしたい。私はこれから、のんびりしたいから田舎で悠々自適生活をさせてください……って、お願いしなければならないのだ。
 セドリックが、こちらを見た。にっこり微笑む姿は優美で、ニコラスひと筋のエミリでさえじっと見つめているのが視界の端に見えた。

「ごきげんよう、デルフィーナ嬢」
「ごきげんよう、セドリック様。……わたくしはもう、ケンドール伯爵家の娘でもニコラス殿下の婚約者でもありません。ですから、セドリック様にご挨拶いただけるような身分ではございません」

 なにを言われるんだろう、とどきどきしつつも、丁寧に応じる。するとセドリックは小さく笑った。

「ええ、存じています。この機会を逃してはならないと思い、馳せ参じたのです」
「……え?」
「デルフィーナ嬢」

 す、とセドリックはその場に片膝をつき、手袋をつけた右手を自分の胸元に、左手を私の方に差し出した。

「ずっとお慕い申し上げておりました。……私と結婚していただけませんか?」
「……んぇ?」
< 6 / 12 >

この作品をシェア

pagetop