役目を終えた悪役令嬢
 場所は変わって、学院の講堂のひとつ。
 ホールでのあれこれを見ていた教師が、空き講堂を使うようにと提案してくれた。念のためにドアは開けておき、セドリックの護衛や学院で働いている使用人たちにも壁際に立ってもらったから、なにかが起こるようなことはない……はず。
 学院側の厚意で、使用人が紅茶を淹れてくれた。ホールでは飲食ができなかったので、ありがたくそれをいただく。ほんのりと温かくて渋みのある紅茶が、とても美味しい。

 少し落ち着いたところで顔を上げると、私の正面のソファには優雅な仕草で紅茶を飲むセドリックが。彼は、私の視線に気付いたのか顔を上げて微笑んだ。
 うっ、イケメンの微笑……。

「それで……ああ、そうでした。求婚のお返事、お聞かせいただけますか?」
「そのことですが。わたくしはもう、ケンドール伯爵家の娘ではありません。ただの平民です」
「そのようですね」
「ですので、セドリック様のような御方がわたくしのような者に求婚するなんて、とんでもないことです」
「どうしてでしょうか? 強い恋情があれば、身分の差を超えられる。それを先ほどの会場で、ニコラス殿下とエミリ嬢が証明してくださったのでは?」

 なるほど。王子と男爵令嬢が結ばれるのだから、侯爵家の令息と平民もオッケー……なわけないでしょう!

「しかしっ! わたくしのような者がセドリック様と結婚だなんて、世間が許しません」
「この国の“世間”を取りまとめるニコラス殿下は、私の気持ちを応援してくださるようですよ?」

 そういえばニコラスは、やけにセドリックを推していたな。
 いや、私にだって、格好いい旦那様と結婚して幸せに暮らしたい、という夢がないわけではない。でも、私の中には前世平民として二十数年間生きてきた記憶と価値観がかなり強く残っている。

 私の願いは、悪役令嬢としての役目を終えた後で田舎暮らしをして、そこで素敵な人と出会い平凡な家庭を築けたら……くらいのものだ。
 そもそも攻略対象は主人公のものであり、悪役令嬢が横取りしていいものではない、という考えだ。それにいくらハイスペックイケメン攻略対象が相手でも、いきなり結婚なんて無理だ。というか、こんなきらきらしい王子様キャラと結婚なんて、考えられない。
 現実は現実、二次元は二次元、と割り切っていた私にとって、いきなり三次元化したゲームのキャラに結婚してください、と言われても受け入れるのは難しい。

 背中をつうっと汗が伝う。平民落ちしてからは肌の露出が少ない服を着ているから、見苦しく汗をかいているところを見られなくてよかった。
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