役目を終えた悪役令嬢
 でも現実的に考えて、これは容易に断れるものではない。だって今の私は元令嬢で、侯爵家の令息に言い返せるような立場ではない。そして頼みの綱であるはずのニコラスやエミリは、セドリックの味方。
 四面楚歌、という四字熟語が頭の中に浮かぶ。なるほど、劉邦率いる軍に囲まれた項羽は、こんな気持ちだったのかな。

「わたくしがセドリック様と結婚しても、ご迷惑をおかけするだけです」
「そうですか? あなたは高潔で正義感の強い方で、身分を失うことを覚悟の上でお父上を断罪した。そんな勇敢なあなたを妻に迎えられるのは、私にとって至上の喜びですよ」

 セドリックは私の行いを褒めるけれど、あまり嬉しいとも誇らしいとも思えない。今世の父親には愛情の欠片もないからあっさり断罪できただけだし、彼が言うほどご立派な意思があるわけでもない。

「それに。有力貴族同士で縁組みをするのは政治的にも非常に有効ですが、場合によっては後ろ盾を持たない女性を妻にする方が利点があったりするのです」

 一気に現実的な話になったので、つい身を乗り出してしまう。

「利点があるのですか?」
「多くの場合、貴族の妻の実家は後ろ盾になりますが、足かせにもなり得ます。我がシャーウッド侯爵家は現在地位が安定しておりますので、むしろ妻の実家が強すぎるのはよろしくないのです」
「なるほど」

 王子様は他国のお姫様や公爵令嬢と結ばれるのがデフォルト、という固定観念がある。権力者の娘と結婚することによるメリットが大きいからだろう。でも場合によってはデメリットにもなる。両雄並び立たず、とも言うように、強い権力を持つ者が複数存在すると争いの種になりかねない。

 一方で、平民や男爵家程度なら妻の実家の権力に警戒する必要がないので、結婚しても楽な気持ちでやっていける、ということか。だからシャーウッド侯爵家に嫁ぐのは平民である私くらいの者が、ちょうどいいということ。
 じっとセドリックを見つめながら考えていると、彼は笑みを深くした。

「誤解しないでくださいね。私は身分が低ければ誰でもいいわけではありません。先ほども申し上げたように、不屈の精神を持ち正義を貫こうとするあなたの姿に心を奪われたからこそ、殿下と婚約解消したと知って、いてもたってもいられずに求婚したのです」

 この貴公子は、私の気持ちに聡く気付いたようだ。励ましの言葉だけでなく、ついうっかりときめきそうになる台詞まで添えてくれて。やるな。
 優雅に微笑むセドリックを観察しつつ、私は彼と結婚する、ということについて考えてみる。
 セドリックはいい人だと思う。ニコラスだって、セドリックのことを推していた。結婚すれば、きっと幸せにしてくれるだろうとわかっている。
 相手は、超優良物件。そして私には、その求婚を断れるだけの力がない。
 ……でも! 私が望んでいるのはきらきら生活ではなくて、平々凡々でもいいから穏やかに過ごせる日々だ。
 そこではっとひらめき、私は少し身を乗り出した。
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