紳士な若頭の危険な狂愛
マンションを出て、上を見上げる。
首を真上にしてもおそらく美東さんがいただろう部屋はわからない。
二週間ほど前、美東さんはこのマンションを出て行った。
おそらく私がここに来て早々に出て行くことにしたのだろう。
ここにくれば彼に会える、また違う関係がスタートするような気持ちで浮かれていた。
だが、彼は私から離れる決断をとっくに下していた。
「私を助けて、部屋まで入れてくれたのに」
涙は出ない。
突然心が空っぽになったようだ。
美東さんに出逢って恋に落ち、寂しかった心が満たされていく事はどれだけ幸せだったか。
その為に社長に嘘をついて、会える今日を楽しみにしていたのに。
住所を知っているから、鍵もあるからと電話番号など聞こうということも思い浮かばなかった。
だけどそのツケが今来ている。
もう美東さんがいる場所がわからない。
あの繁華街でどこが藤代組の管轄なのかもわからないのに。
未練たらしくマンションエントランスが見える小さな公園で、ベンチに座り待っていた。
もしかしたら迎えに来てくれるのではと言う淡い期待も、数時間経てば消え失せる。
ずっとベンチに座ったままでしわくちゃになったワンピースのスカートがなんだか自分の心のようだと思いながら、重い足取りで駅へ向かった。