冷酷御曹司の〈運命の番〉はお断りです
 ――というような呑気な日々を過ごしていたので、私はすっかり油断していた。

「……さすがに図太すぎないか?」
「わーっ!」

 背後から耳元で囁かれて、私は悲鳴を上げた。社長が「声が大きい」と言って身を離す。誰のせいだと思っているんだ。

 私はダイニングルームで、ノートPCを前にうんうん唸りながら資料を確認していた。社長が帰宅したのにも気づかないくらい集中していたらしい。

 まだドキドキ弾む心臓を押さえ、呆れたように腕を組む社長を見上げた。

「あ、ああ……。おかえりなさいです」

 社長が顔を顰める。

「なんだその恰好は」
「え?」

 自分の体を見下ろし、ヒッと青ざめる。暑くなってきたので、キャミソールに短パンというラフな恰好だった。

 慌てて椅子の背もたれにかけていたカーディガンを羽織る。

「すみません、お見苦しいところを」
「別に俺はそのままでもいいが」
「いえ、みっともないものをお見せしてしまい……」
「まあ、目の毒ではある」

 ど、どういう意味だ。

 きっちりカーディガンのボタンを一番上まで留めていると、社長が私のPCの画面を覗いた。

「家で仕事か?」
「ああ、これは明日の取締役会の報告資料で……」

 明日の取締役会では、私が法務を代表して、社長を含めた取締役らの前で議題報告することになっていた。
 社長が浅く頷く。

「D&O保険と会社補償契約の説明だったか」
「よくご存知で……」

 簡単に言えば、経営陣が、その仕事に関して要した費用や損害賠償を一定の条件下で会社が支払うものだ。
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