冷酷御曹司の〈運命の番〉はお断りです
 クラウン製薬では、残業は午後八時までと決められている。

 けれど私は何となく帰りたくなくて、残業申請を出して午後十時まで居残る気満々だった。
 家に帰っても、どんな顔して社長と話せばいいのか分からない。気持ちが落ち着くまで、もう少し猶予が欲しかった。

「もう八時よ、雨宮さん、今日くらいは帰ったっていいじゃない? 取締役会で頑張ったんだから」
「ええと、もう少しこの資料を作ってから……」
「社畜すぎるわよ! 私、帰っちゃうわよ⁉︎」

 周囲の部署はとっくに帰ってしまって、煌々とライトがついているのは法務だけだ。そんな居室で、西田先輩が私を揺さぶっていた。

「私は本当に大丈夫ですから、先輩は早く帰ってください」

 先輩の手をそっと外して言う。先輩はむうっと頬を膨らませた。私より三歳上なのに、童顔なのであどけない表情が似合う。

「でも可愛い後輩を放っておけないじゃない!」
「帰っても何もする事ないので、大丈夫です」
「えぇ~、彼氏とかいないの?」
「彼氏……」

 脳裏に月読社長の顔がよぎり、私は知らず目線を宙に彷徨わせた。たぶん一番近いのは彼だ。

 私の運命の番だというオメガ。口車に乗せられて一緒に住んで、何となく穏やかな日々を過ごしている相手。

 言葉に詰まった私に、西田先輩がにまにまと笑み崩れる。

「あらー、思い当たる節があるのね?」
「そうではなく……っ」
「雨宮さんの恋バナって聞いたことないから新鮮! 何か困ってるの?」
「うう……」
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