冷酷御曹司の〈運命の番〉はお断りです
 力一杯頷く私に、先輩は立ち上がった。
 居室の出口へ向かいながらこちらを振り向いて、パチンと片目を瞑る。

「でも個人的には、最近の雨宮さんはゆとりができてていいと思うわ。去年までの雨宮さん、六月になるとずっと会社にいて心配だったもの」
「え……」

 私が何も言えないでいるうちに、先輩はするりと姿を消す。

 一人残された私は、呆然と椅子に座っていた。

 真っ暗な窓には私の姿が映っている。取り立てて特徴のない顔立ち、背中の中ほどまで伸びた茶色の髪、白ブラウスにラベンダー色のカーディガン。こちらを見返す表情は、どこか所在なげに見える。

 ――姉が死んだのは六月だった。

 ジューンブライドだと言って六月中旬に結婚式を挙げる予定で、そのわずか二週間前に婚約破棄され、数日後に死んだ。

 だから私は、六月は家にいたくなかった。
 一人きりの家では際限なく考えが広がって、暗い気持ちになるから。

 でも今はそれどころじゃなくて。

 平気で家に帰って多めの夕飯を作って、朝になれば「おはよう」を言う相手がいる。
 それがどれほど心を軽くしているのか、私自身にも測れない。

「――雨宮?」

 突然声をかけられて、私はびくりと肩を震わせた。いつの間にか居室のドアが開いていて、窓越しに社長と目が合う。上質そうなネイビーのスーツを着こなした、端正な姿。

 社長はぐるりと居室を見回し、眉根に険しい皺を刻んだ。

「なぜ一人で残っている? 他のメンバーはどうした」
「あ……いえ、私が勝手に残ってるだけで、残業申請は出してます。何か御用ですか?」
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