冷酷御曹司の〈運命の番〉はお断りです

暗雲

 敵対的買収とは、相手方の取締役会の同意を得ずに行われる企業買収の事である。

 つまり今回は、鏑木商事がクラウン製薬の同意なしに、クラウン製薬の株式を買い集めているわけだ。

 鏑木商事が、クラウン製薬の発行済株式総数の50%超を保有したとする。
 そうすると、鏑木商事はクラウン製薬を思うがままに経営できるのだ。

 取締役会室に集まった取締役の面々を見渡し、法務部長が青ざめた顔で状況を説明している。

 現在、鏑木商事は当社の株式を20%ほど保有している。結構まずい状況だ。

 部長の説明が終わると、取締役の一人が声を上げた。

「なぜ鏑木商事が当社に買収を仕掛けてきたんだ? 製薬業には全く関係ない企業だろう」

 根本的な問いに、部屋に沈黙が落ちる。理由を知っているのは、たぶん私と社長だけだ。

 社長が運命の番を見つけたと知った鏑木側が、婚約破棄される前に動いたのだろう。

 あのレストランの夜から今日まで時間があったのは、敵対的買収の準備に時間がかかったからだ。

 私はちらと一番奥の席に目をやる。
 社長は深刻な面持ちで腕組みし、何か考え込んでいた。

「月読社長」

 取締役の一人が、棘を含んだ眼差しを社長に向ける。

「以前からずっと不思議でした。なぜ月読コーポレーションの御曹司であるあなたが、我が社にいるのか。今回の買収は、月読コーポレーションが関わっているんじゃないでしょうね」

 社長がぴくりと片眉を上げた。
 腕組みをやめ、スッと背筋を伸ばす。射抜くような視線を取締役に返し、

「……だとしたら?」
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