冷酷御曹司の〈運命の番〉はお断りです
 どんどん息が上がっていく。こんなに苦しんでいる社長を置いていくなんてできない。

「私にも、まだ、何かできる事が……」
「ない。出ていけ」

 私が言い終わるより早く社長が答える。
 頭の隅に違和感がよぎった。何かを隠そうとしているような気配がする。

 けれどその尻尾を掴むより前に、アルファの衝動が私の体を貫いた。

 目の前のオメガの頸に噛み付きたくて仕方がない。何を遠慮する事がある? 彼は私の運命の番。他の人間に触らせないように、私のものだって示して……。

「……あ」

 その瞬間、私の頭に閃きが走った。
 運命の番を得たオメガは、ヒートが収まり、以降フェロモンを放つ事はなくなる。
 だから、もし今、ここで私が社長の頸を噛めば――。

 ヒートを抑えることができる。

 そうすれば、社長は株主総会に参加して、クラウン製薬を守れるのだ。
 フェロモンに浮かされた頭に、今までのことが色鮮やかに蘇る。

 姉の顔、掌の傷、温めたシチューの香り。過去を明かそうと決めた夜の暗さと、嬉しそうな社長の瞳の輝き。二つの花束。雨宮家の墓の前で、運命の番にならなくていいと社長は言った。取締役会の緊張した空気に、ここまで協力してきた皆の努力。

 そういうもの全部、踏みつけにされて平気ではいられないのだ。

 何より一番傷ついているのは社長で、私はそれが許せないから。
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