社宅ラプソディ
1.社宅はどこ?
郊外へ続く国道の脇には優しい色の草花が咲き、その奥には一面に菜の花畑が広がっている。
春色の景色は新生活への不安を鎮め、期待を押し上げる手助けをしてくれる。
佐東明日香はのどかな風景を見ながら、不安な気持ちをひとまず押し込めて無邪気な声をあげた。
「菜の花、きれい、黄色がまぶしいー。都会の近くに自然がいっぱいあるんだね。社宅の周辺もこんな感じ?」
「夏は、蚊とか虫がすごいって聞いた」
「えっ、社宅があるところって、まさか田んぼの真ん中ってことないでしょう?」
九州最大の都市である県庁所在地から車でしばらく走ると都会の賑わいはなくなり、郊外に行くほど建物は低くなる一方だ。
全国どこにでもある郊外型ショッピングモールと、チェーン店の牛丼屋やファミリーレストランが一定間隔であらわれる道路を走っていたのに、いつしかそれらはなくなり、道の両脇には畑と田んぼが見えるようになった。
畑の合間にコンビニはあるが、日常の買い物ができるスーパーは見当たらない。
目指す社宅はもっと郊外にあるのだろうかと一抹の不安を覚えた明日香は、「まさか」、と確認するように聞いた。
けれど、夫の亜久里はそれには答えず、ハンドルを握ったまま前を向いている。
やがて車は国道から外れ、県道と表示のある道路を進むと、ほどなく住宅地と工業団地が見えてきた。
「わぁ、広い……『梅ケ谷工業団地』、ここにグリさんの会社もあるんだね」
亜久里だからグリ、彼と知り合ったころから明日香は 「グリさん」 と呼んでいる。
「亜久里さん」 と呼ぶのは夫の両親の前か、かしこまったときだけ。
ちなみに亜久里からは、「あすか」 と呼ばれている。
「白い大きな倉庫が見えるだろう。あそこから、左のビルまでがウチの会社の敷地だよ。
工業団地の中で一番の広さじゃないかな」
「社宅もこの近くでしょう? 梅ケ谷社宅だったよね」
「あっ、うん……」
どこかスッキリしない返事のまま、亜久里は工業団地を抜けた先に車を進めた。
社宅らしき建物は一向に見当たらない。
今まで住んでいた名古屋の社宅は、メゾネットタイプで庭もあった。
住宅建材を扱う会社であるから、社宅の仕様もそれなりのものを使っているのだと教えてくれたのは社宅の先輩主婦だ。
全国にある支社や工場の社宅も同じような造りだと言われていたため、それらしき建物を探していた。
遠くに真新しい集合住宅を見つけて、明日香は喜びの声をあげた。
「あっ、あれじゃない?」
「あれは大学の寮だよ。前はなかったから、できたばかりだな」
「こんなところに大学? わぁ、私だったら絶対に嫌だな。周りに何にもないじゃない。遊ぶところもないなんて、若い子には辛そう」
暗にこんなところに住みたくないと言っているのも同じなのに、明日香は気がついていない。
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