社宅ラプソディ
4.奥様たちのブランド
週明けの 『信和会』 には40人ほどが集まった。
一棟にすべて入って24世帯、空き部屋もあるため、三棟全部合わせても50世帯に満たないのに、会員の8割が顔をそろえたということになる。
『信和会』 代表の川森今日子の挨拶はあいかわらずよどみなく、新会員の簡単な紹介のあと、自己紹介をしてくださいと言われて三人は前に出た。
『小野棟』 の大橋かなえは三人の中で一番若く23歳、17歳年上の職場の上司と結婚したばかり、新婚で入居してきた。
『梅ケ谷社宅』 の多くが勤務している博多工場にいたが結婚退職、「妊娠5ヵ月です」 というお腹は少し目立って幸せそのものといった雰囲気をまとっている。
「みなさんでどうぞ」 と 『うまか棒』 100本入りの袋を取り出すと、幼児と若い母親たちから 「わぁ」 っと声があがった。
「かなえちゃん、さすが、気が利いてる」 と持ち上げるのは、社内結婚で社宅の先輩となった、かなえの元同僚たちだ。
「お気遣いなくとお伝えしたのに、やはり気を遣わせてしまいましたね。ありがとうございます。みなさんでいただきましょう」
川森棟長は困った顔で100本入りの 『うまか棒』 を受け取りみなに配った。
『早見棟』 の坂東五月は30代半ば、シンガポールからの転勤組で、結婚後すぐにタイに赴任して、一年間帰国ののちシンガポールに赴任、「三年ぶりの日本です」 と落ち着いた挨拶があった。
子どもはいませんと五月が言ったあと会場が少しざわついたことに、明日香はいたたまれない思いがした。
少なくとも結婚数年はたっている五月へ 「子どもがいなくてかわいそう」 との声が聞こえてきそうだった。
小さな子どもを抱えた母親も多く、彼女たちの視線が五月を憐れんでいるようにも見えたのだ。
そのあと明日香の順番になり 「半年前に結婚して、半年後に転勤になりました。夫は転勤を知っていて、私に結婚をせまったのではないかと疑っています」 と言うと会場は大きな笑いに包まれた。
「うちもそうだったわ」 などの声もあがっている。
五月へ不躾な視線が消えたことに、明日香はほっとした。
楽しくおしゃべりしてくださいね、と川森棟長の言葉のあと歓談となった。
「明日香さんは東京のご出身でしたね」
「いえ、千葉です」
「ディズニーランドも千葉だけど、東京も同じでしょう」
こう聞いてきたのは 『小野棟』 の小泉京子棟長だった。
かの女優とは似ても似つかない、ふくよかな体にふっくら顔の小泉棟長が手にしているのは、一目でわかる柄の入ったブランドバッグだった。
懇親会に不似合いなバッグは、荷物でパンパンに膨らんでいる。
国内価格20万円超えのグッチが可哀そうと、余裕なく荷物が詰め込まれたバッグを眺めながら、こちらでは関東イコール東京なのかと明日香は残念に思った。
そういう自分も、九州全県すべて答えよと言われたら、ちゃんと言える自信はないのだから、博多から離れたここで博多工場を名乗っても文句は言えない。
「千葉は千葉です。東京ではありません」 と言いたいのを飲み込んで黙っていると、「大学も東京?」 と聞かれた。
出身地については東京も千葉も変わらないとさほど関心を示さないのに、出身大学は聞くの? と思いつつ 「東京です。東京の女子大です」 と答えた。
次の質問は 「どちらの女子大学かしら?」 だろうと思ったら違った。
「まぁ、そうなの。早水さんの息子さんも今年、東京の大学に進学されたのよ。
難関大学の一番難しい学部に合格された、優秀な息子さんなの」
とたんに会場内がどよめき、妻たちから 「おめでとうございます」「すごいわ」 と声があがった。
小野棟長の横にいる 『早見棟』 の早水棟長が、「まぁ、そんなことここでおっしゃらないで」 と言いながら誇らしそうにほほ笑んだ。
「難関大学よ。そこの一番難しい学部なの」
小泉棟長は 『難関大学』 と繰り返した。
早水棟長を持ち上げるために、皆の前で大学名を言って欲しいのだと明日香は察した。