社宅ラプソディ
『信和会』 のあと、明日香は坂東五月と一緒に会場から出た。
「明日香さんとキョウコさんたちとのやり取り、おもしろかった」
「えーっ、私、必死だったんですよ」
「明日香さん、大学をことごとく外すんだもの。わざとかと思っちゃった」
「わざとじゃないです。本当に思いつかなくて……グッチ小泉さんは、どうしても私に大学を言わせたいみたいで、でも、思い出せないし、ホント焦りました」
「グッチ小泉さんって、明日香さん、面白い。
じゃぁ、2棟の早水さんは ”センター早水さん” ってどうかな」
「それ、いいです。すごくいい」
真面目な顔で五月が言い、明日香は手をたたいて大喜びした。
2棟は真ん中、早水さんの息子さんの大学は中央、だから ”センター早水さん” って、五月さんの思い付きってすごいと、明日香は感心するばかりだ。
「あっ、そうだ、紅茶の代金、半分払います」
『信和会』 終了後、坂東五月は持参した紅茶の詰め合わせを 「本日は私どものためにありがとうございました。役員のみなさまでどうぞ」 と言葉を添えて川森棟長に渡した。
そのとき 「佐東さんと私からです」 と五月が述べたため明日香は驚いたが、五月に目配せされて一緒に頭を下げた。
「余計なことかと思ったけど、とっさに口に出ちゃったの」
「ありがとうございました。お気遣いなくといわれても、なにか用意するべきでした」
「一本10円の 『うまか棒』 より、役員のみなさまの印象を良くしておいた方がいいと思ったの。こざかしいでしょう」
「こざかしいなんて、そんなことないです。私なんて、まだまだですね。
うまか棒100本の彼女にも負けてます。はぁ……」
五月に 「明日香さん」 と呼ばれて、明日香も 「五月さん」 とすんなり呼んでいた。
名前を呼ばれて五月に親近感がわいた。
グッチ小泉さんはなにかと面倒な人、センター早水さんはできたら避けたい人、五月はお近づきになりたい人で、川森棟長はおせっかいだけど頼りになる人と、明日香は肌で感じていた。
そして、川森棟長のニックネームは、まだ決まっていない。
「紅茶、おいくらですか? これから持ってきます」
「明日香さん、明日うちに遊びにきませんか?」
「いいんですか。嬉しい! じゃぁ、そのとき」
待ってますね、と嬉しそうにほほ笑んだ五月から、ランチにしましょうかと提案があった。
明日香に異論はない。
「さっき、公立って言ってもらってうれしかったです」
「明日香さんのご主人の出身大学のこと?」
「聞いたことのない私立って言われて、悔しかったけど、私、センター早水さんに言い返せなくて」
「センター早水さん、あれは失礼よね。私も公立大だから、地方だけど。秋田、夫も同じ大学だったの。
それでね、黙っていられなくて。公立大って、評価が低いのよね」
「ウチもそう言ってます。五月さん、なにを専攻されたんですか?」
「国際関係、一年間留学したのよ」
「わぁ、すごい。語学が堪能な人、憧れます」
明日香の心からの言葉に、五月は今日一番の笑顔を見せた。
秋田、公立大学、国際……
帰宅した明日香は五月の出身大学が気になり、キーワードで検索、一校の大学がヒットした。
「公立大学法人 国際教養大学……偏差値67から70って、なに、この偏差値、すごすぎる!」
誰もいない部屋で大声で叫び、川森棟長の注意事項を思い出して自分の口をふさいだ。
『公立大って、評価が低いのよね』 と五月は言っていたが、とんでもない。
マーチをしのぐ、超難関大学ではないか。
自分が恥をかかないため、相手の失礼にならないためにも、大学についてもっと知る必要がある。
服やバッグのブランドより、社宅暮らしにおいてはこちらの方が重要なのだ。
「おそるべし地方大学」 と明日香は唸った。
・・・・・・・・・・・・・・
『国際教養大学』
秋田県にある公立大学 卒業要件に最低一年間の海外留学が含まれている