社宅ラプソディ


小泉棟長の末っ子は美浜の息子と同じ小学6年生の男の子、私立中学を狙っているらしいよ、上の二人の息子は普通だったけど、あの子は賢いからねと、社宅暮らしが長い美浜は住人の情報に詳しい。


「迎えに行くんですか。先生も家を探す手間がはぶけて、時短になるんじゃないかな」


「でもね、それは建前。先生に付け届けをしないように見張ってるの」


「見張ってる?」


五月と明日香は同時に聞き返した。


「そう。昔は、と言っても、つい最近までだけど、家庭訪問にきた先生にお土産を持たせていたの。それがだんだん高価な物になって、信和会と学校のPTAでも問題になって、贈り物は禁止されたのよ。

それでも、決まりを守らない人がいるんだよね。それで、次の訪問先の人が迎えに行くことになったの。

先生が土産の袋とか持ってたらわかるじゃない。そうならないように」


ここの小学校の家庭訪問は子どもも同席するため、母親たちは玄関先でそっと先生に土産を渡していたそうだ。

しかし、いまはそんなことをする人はいない……と言った美浜へ、明日香は前を向いたままつぶやいた。


「でも、グッチ小泉さん、バッグから何か出して先生に渡してますよ」


「えっ、なんだって」


窓に駆け寄った美浜、五月とともにレースのカーテン越しに向かいの棟を見ると、ふたりは一階にたどり着いたところで、品物を渡したり返したりを繰り返したあと、男性教師は渋々品物を受け取りカバンにしまった。

そして、明日香の目は小泉棟長と教師と、もうひとりの人物もとらえていた。


「上の踊り場から下にスマホを向けているの、五十鈴さんじゃないですか? 鈴木五十鈴さん」


「あっ、ホントだ。五十鈴ちゃん、先生とグッチ小泉をスマホで撮影してるんだ」


「でも、二階のあの角度から一階の玄関って見えないんじゃないですか?」


そうだよね、と言い合う美浜と明日香へ、五月が思わぬことを言いだした。


「見えなくても声は拾えるかも。踊り場でしゃべると、上まで声が筒抜けになるから。五十鈴さん、ふたりの声を録音してるんじゃないかな」


「ふふん、おもしろいことになってきたじゃない。グッチ小泉、やっちゃったわね」


美浜も 『グッチ小泉』 の呼び名が気に入ったようだ。

鈴木五十鈴は社宅で一番のおしゃべりだから、彼女が得た情報はすぐに社宅中に広まるだろう、グッチ小泉がどう言い訳するのか楽しみだと、美浜は意地悪く微笑んだ。


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