社宅ラプソディ


「グッチ小泉ってさ、雄君が幼稚園の時も同じことをして、それで運動会の大きな役をもらったんだよね」


小泉棟長には息子が三人おり、末っ子の名前は 『雄(ゆう)』 といい、一番かわいがっている。

 
「幼稚園の先生に贈り物とかしたんですか?」


明日香が尋ねると、そう、と美浜はおおげさに顔をしかめた。


「若い女の先生だったんだけど、断れなかったんだと思う。強引だもん、グッチ小泉。

運動会のマーチングバンドの指揮者と、お遊戯会の主役、雄君はどっちもやったんだよ」


「ほかの保護者から苦情はなかったんですか?」


五月がもっともな疑問を口にした。


「あったわよ。グッチ小泉が先生に百貨店の紙袋を渡すのを見た人がいてさ、贈り物で役を決めるなんておかしい、ひいきじゃないですかって保護者会で先生に詰め寄ったんだけど」


小泉棟長は、自分は贈り物なんてしていない、先生に頼まれた品を渡しただけだと言い張り、保護者に詰め寄られて泣き出した幼稚園教諭をかばう姿勢を見せた。

結局その件はうやむやになったが、小泉棟長の三男は運動会とお遊戯会で大きな役をもらった。


「実際、雄君は何でもできるからね、先生たちも頼りにしていたみたいだし。先生に贈り物とかしなくても、実力でいい役をもらえたと思うよ。

年の離れた末っ子だから、かわいいんでしょう。うちは年子で、かわいがる余裕なんてなかったけど」


小泉家の長男次男は双子で今春専門学校を卒業、そろって社会人になった。

利発な三男は私立中学を受験予定、内申書を良く書いてもらうつもりかもね、うちには関係ない世界だけどと美浜は肩をすくめた。


「中学一年生の英語のテストは、出る問題はだいたい決まってるんです。

美浜さんの長男君、少し頑張ったら平均点超えは確実です。もっと頑張ったらトップも夢じゃありません。

次男君もこれからです、頑張りましょう」


「本当? 嬉しい。五月さん、ありがとう。うちの息子もできる気がしてきた」


ローボードの上の木目が美しい時計をちらっと見た美浜が、そろそろかな、とつぶやいた。


「あの先生、優しすぎるんだよね。グッチ小泉に物を押し付けられて困ってるだろうから、助けてあげなきゃ」 


「どうするんですか?」


明日香も五月も、美浜がどうやって教師を助けるつもりか見当もつかない。


「グッチ小泉の部屋から出てきた先生を待ち伏せするの」


「白状させるんですか?」


「明日香ちゃん、白状させるって、おもしろいこというね。違うよ、保護者に返したい物があったら管理人さんに預けるといいですよって、先生に教えてあげるのよ。

先生は賢いんだから、そう言えばわかるでしょう」


「さすが、美浜さん」


小泉棟長を 「グッチ小泉」 と呼び捨てにして、明日香を 「明日香ちゃん」 と呼ぶようになった美浜は、「お邪魔しました~」 と五月に礼を述べて坂東宅を飛び出していった。

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