社宅ラプソディ
そろそろ私も……と立ち上がりかけた明日香へ 「コーヒーを淹れるけど、飲んでいかない?」 と五月がさりげなく引き留めた。
甘いお菓子のあとのブラックコーヒーは、口の中も頭の中のごちゃごちゃもスッキリさせてくれるような気がした。
「家庭訪問で先生にお土産とか、幼稚園の役をもらうための贈り物とか、初めて知りました。
社宅でも、お中元とかお歳暮とか贈った方がいいんですか?」
「グッチさんはマメにやってそうだけど、そのあたりは、美浜さんに聞いてみましょうよ。
ここにはここのやり方がありそうだから」
「そうですね……」
社宅ってなんて面倒なんだろう。
憂鬱な思いに沈む明日香は、ブラックコーヒーがさらに苦く感じられた。
「社宅って面倒だなって、思ってない?」
「思ってます。私の心の声、聞こえましたか?」
「うん、聞こえた」
ふわっと笑った五月は、それから明日香を嬉しがらせることを口にした。
「社宅って、お金が貯まるわよ。特にここは」
「『梅ケ谷社宅』 は特別なんですか?」
「そう。社宅費は格安、上下水道費は半分会社が持ってくれる。アンペア数が低いから電気料金は抑えられるし、スーパーが遠いから余計な買い物をしない」
財形貯蓄は金利が良いうえに、財形貯蓄推進のために会社から奨励金が出るなど、五月は貯蓄にも詳しかった。
「この部屋に使った壁紙があまってるけど、同じので良かったら使わない? まだたくさんあるから」
「いいんですか? 使いたいです、譲ってください」
同じ柄の壁紙でも壁紙用の幅広マスキングテープを腰高に貼ると、部屋のイメージがずいぶん変わるのだとアイディアまでくれた。
カーテンやレール、ほか、室内装飾に必要な物はグループ会社の資材を分けてもらえるルートがある、社員割引だから格安であるなど、五月から耳寄りな情報がどんどん出てくる。
「明日香さんのご主人は、もっと詳しいはずよ」
『小早川製作所』 は住宅建材の会社だ、そうだ、その手があった、夫の亜久里は優秀な営業マンだから資材調達はお手のものだろう。
「主人に相談してみます。『梅ケ谷社宅』 で資金をためて、いつかマイホームを……持てるかな?」
「できるわよ」
マンションがいいですか、一戸建てにしますかと、明日香と五月の話はどんどん広がっていく。
狭い社宅にもメリットはある、明日香は楽しい気分になっていた。