社宅ラプソディ
7.ようこそ、部長ご一家
明日香は住所記入欄を目にするとうんざりする。その理由は社宅住所の長さにある。
県名、市名、地区と番地のあとに、小早川製作所 博多工場 梅ケ谷社宅 川崎棟 303号室……と記入しなくてはいけない。
『梅ケ谷社宅』 は各階に6部屋、部屋番号は向かって右側から、1.2.3……となっており、一番右の部屋は一階なら101、二階なら201号室となっている。
明日香の部屋は三階の右から三番目、303号室である。
各棟に303号室があるため、棟名を書き忘れると住所不明で郵便配達人や宅配業者を迷わせることになる。
転入手続きや転居に伴う届け出等で、住所記入欄からはみ出す長い住所を繰り返し書きながら、一号棟、二号棟、三号棟だったら、番地のあとに 「1-303」 でわかったのにと、合併前の会社名を社宅棟につけた当時の担当者を恨みたくなった。
川森課長一家が、川崎棟の101号室から201号室へ引っ越したのは、『梅ケ谷小学校』 春の大運動会当日のこと。
引っ越し先は現在の住まいの一階上、階段移動だけであるが、家財道具はそれなりにあり簡単ではない。
小学校のグラウンドからにぎやかな歓声が聞こえる中、手伝いに集まった部下たちの頑張りで午後3時過ぎには引っ越しは終了、101号室は空き部屋になった。
それから、待機していた業者が入り、室内清掃、畳とふすまの張替え、エアコン設置などの作業が同時進行で行われている。
川森課長宅の引越しについて亜久里から電話があったのは、昨日の昼過ぎだった。
川崎棟に新任の部長の家族が引っ越してくることになった、それにともない川森課長一家が201号室に移転するので、明日香に手伝いに行くようにという。
『明日香に201号室の掃除を手伝ってほしいそうだ。俺も仕事が終わったらすぐ帰って手伝いに行く』
『部長さんのご家族が一階に住むの?』
『101号室と102号室が部長の住まいになるそうだ。空室の102号室は、今日の午後から業者が入って掃除や内装作業が始まるらしい。じゃぁ、頼んだよ』
どうして川森課長が引っ越す必要があるのかと聞こうとしたときには、亜久里の電話は切れていた。
詳しい事情はわからないまま、明日香は川森棟長の部屋を訪ねた。
玄関ドアは全開で、声をかけるとエプロン姿の川森棟長が出てきた。
夫から連絡があり引越しの手伝いに来たと伝えると、川森棟長は心から嬉しそうで、ありがとうございます、お世話になりますと深々と頭を下げた。
「急にお願いしてごめんなさいね。私も荷物の整理をはじめたところです。明日香さんは201号室のお掃除をお願いできますか。五月さんがいらっしゃるので部屋はあいています」
五月の夫も亜久里と同じく川森課長の部下である。ほかにも数名が手伝いにやってくるらしい。
二階に駆け上がり、「こんにちは、五月さん、佐東です」 と玄関から呼びかけると、「ベランダにいます」 と奥から声がした。
3月まで入居者がいた201号室は、室内は軽く掃除をする程度で良さそうだが、ベランダは落ち葉や土埃で汚れていた。
明日香は五月と手分けしながら、デッキブラシとバケツの水でベランダを磨く作業をはじめた。
突然の引越しについて五月は事情を知っていた。