社宅ラプソディ


「グッチ小泉がやりそうなことだね」



明日香の話を聞いた美浜は、おおげさに顔をしかめた。


「『三陸の味』 には私もかかわってるから、放っておくわけにはいかないね。わかった、なんとかする」


「なんとかって、どうするんですか」


「五十鈴ちゃんを引っ張り出すの。私に任せて」


明日の歓迎会までに話をつけておくからと、自信満々の美浜に言われて明日香はひとまず家に戻った。


部長一家が越してきて間もなく、『信和会』 の歓迎会が行われた。

有栖川部長の社宅暮らしは一時的なもので、場合によってはひと月もたたないうちに越してしまう可能性がある。

一刻も早く歓迎会をしなくては、というのが小泉棟長と早水棟長の考えだった。

乙羽を 『信和会』 に招くのは、部長宅の片付けが落ち着いてからで良いのではないかとの川森棟長の意見は、棟長会の決議において多数決で却下、歓迎会は決まった。

乙羽は歓迎会の誘いを快く受け入れ、会員全員分の土産を持参してやってきた。

土産について 「このようなことはなさいませんように」 と口にする者はいない。

誰もが、有栖川乙羽には一目置いている。


「有栖川乙羽でございます。本日はありがとうございます。また、先日はみなさまのお力をお借りいたしまして、無事に引っ越しを終えることができました。心から感謝を申し上げます」


本来ならみなさまのお宅へご挨拶に伺うところですが、この場を借りて挨拶に代えさせていただきますとの乙羽の口上に、みな感心しきっていた。

そして、乙羽が持参した土産は引っ越しの挨拶の品ということである。


「もうお亡くなりになった方ですけれど、宝塚歌劇出身の乙羽信子という女優さんがいました。私の名は、乙羽信子のファンだった父が名付けました。

古めかしい名前ですけれど、わたくしは気に入っております」


乙羽の説明に五十鈴が手を挙げた。


「私の名前は五十鈴です。祖父が山田五十鈴が好きで、それで私につけたそうです。古そうな名前だと思ったこともありますけど、いまは大好きです」


「五十鈴さんですね。素敵なお名前ですね。古めかしい名前のお仲間として、仲良くしてくださいね」


「ありがとうございます」


仲良くしてくださいって言われちゃったと、五十鈴は大喜びしている。


「えーっと、乙羽さまと呼んでもいいですか」


五十鈴の呼びかけに周りからキャーと声があがった。

と同時に 「失礼ですよ」 と早水棟長の厳しい声が飛んできた。


「五十鈴さん、さま、はよしてください。乙羽さん、と呼んでくださいね。『信和会』 のみなさまは、名前で呼び合う習慣があるとお聞きして羨ましく思いました。私もお仲間に入れてください」


「はい、乙羽さん」


またキャーと声があがった。

宝塚のスターを前にしたファンのようである。

和気あいあいと歓迎会の茶話会がはじまり、待っていたように小泉棟長が 「先日のオードブルですけれど」 と話を持ち出した。

小泉棟長から川森棟長へ向けた問いかけだったのに、答えたのは乙羽だった。


「先日はありがとうございました。引っ越しのことばかり考えておりましたので、自分たちの食事はすっかり忘れておりましたの。川森さんの心づくしのお料理、美味しくいただきました」


「ありがとうございます……」


そう申されましても、川森さんのおこないは行き過ぎた行為だったのでは……と言いだした小泉棟長の遠慮がちな声は、五十鈴の大きな声にかき消された。


「川崎棟に引っ越してきたみなさんへ、川森さんは差し入れしてくださるんですよ」


「まぁ、そうですか。誰にでもできることではありませんね」


「私は川森さんより前から社宅に住んでいるので、まだもらっていませんけど」


この五十鈴の発言に大きな笑いがおこった。

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