社宅ラプソディ


そして、次の発言で会場により大きな声があがった。


「えーっと、家を建てることになりました。引っ越しのとき、川森さんのオードブル、お待ちしてまーす」


ですから、それは見過ごせないことですってと、小泉棟長が声をあげても誰も聞いていない。

やがてあきらめたのか、ため息とともに小泉棟長が座り込むのを美浜はおもしろそうに見ていた。


「五十鈴ちゃん、いい仕事をしてくれたじゃない。だけど、家を建てるなんて聞いてないんだけど」


おしゃべりな五十鈴がよくも今まで黙っていたものだと、自分のことは棚に上げて、美浜はそんなところに感心している。

五十鈴の 「家を建てます」 宣言で、『信和会』 はいつになく盛り上がっているが、小泉棟長は憮然とし、早水棟長はイラついた顔をしていた。

乙羽が川森棟長とばかり話をしているのが気に入らない様子である。


「うわぁ、五月さん、見てよ、グッチさんとセンターさん、超不機嫌」


「川森さんばかり目立ってるもの、おもしろくないのでしょう」


棟長たちの手伝いを引き受けた明日香と五月は、配膳室から中の様子をうかがいながら気楽なおしゃべりに興じている。

部長夫人の歓迎会には特別予算が組まれ、早水棟長が美味しいと評判の隣町の店まで出向いて買ってきたケーキが用意されていた。

ケーキは明日香と五月が、紅茶は小泉棟長と早水棟長が配っていると、乙羽は早水棟長が置いた紅茶の銘柄に目をとめた。


「TWGを用意してくださったの? まぁ、嬉しい。私の好みをご存知でした?」


いきなりそう言われて、早水棟長はいいえ……と小さく頭を振った。


「わざわざ横浜のTWGのティーショップまで行くんですよ。TWGをトワイニングと勘違いされる方もいらっしゃるけれど、みなさんご存じで嬉しいわ」 


五月も明日香もケーキをのせた盆を落とさないよう、笑いたいのをこらえるのに必死だった。

「えっ、トワイニングじゃないんですか?」 と口にした大橋かなえを早水棟長は軽くにらんだ。


「乙羽さん、美味しい紅茶の淹れ方を教えてください」


絶妙なタイミングで美浜が声をあげ、乙羽は特別なことはありませんけれどと言いながら、まずカップにお湯を注いでくださいと告げた。


「お湯を入れてからティーバッグを静かに沈めて、蒸らすためにフタをします。しばらく待って、ティーバッグを静かに引き上げてください。これだけです」


「ゴールデンドロップですね」


「そうそう、えーっとあなたは……」


目立ち始めたお腹を抱えながら 「大橋かなえです」 と元気に名乗った。


「かなえさんね。お若いのによくご存じですね」


「早水さんに教えていただきました」


視線が集まった早水棟長は、すました顔で軽く頭をさげた。


「そうでしたか。『信和会』 ではマナー講座などもされているそうですね。そこではどのような?」


「はい、パスタはスプーンを使うのが正式な食べ方とか、パンのくずはひろいましょうとか、いろいろ教えていただきました」


「あら……私が学んだマナーとは、少し違うようですね」


「そうなんですか? 紅茶は最後の一滴まで美味しくいただくために、ティーバッグをギュッと絞って」


「それはおやめになったほうがよろしいですよ。苦みが出てしまいます。ティーバッグは、そーっと静かに引き上げてくださいね。

ティーバッグをカップの中でゆらゆらさせず、そーっとですよ、そして、最後の一滴まで待って……」


乙羽の話の途中で早水棟長が真っ赤な顔で退席するのを、明日香と五月は複雑な思いで見送った。


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