社宅ラプソディ
ミッションスクールで、大学のキャンパスは、専攻は……と話すうちに乙羽と明日香は同窓生であることがわかった。
「明日香さんと同じ大学だったのね。後輩に会えて嬉しいわ」
母校の御堂で結婚式を挙げた卒業生も多い、人間味あふれるシスターがいたなど、明日香と母校の話に夢中になった。
乙羽の恩師がまだ大学で教えていると聞くと大層喜び、長らく同窓会にも出席していない、明日香さん来年の同窓会は一緒に行きましょうと、もうその気になっている。
「私たちの頃は、花の女子大生と騒がれた時代でした。
華やかな方もいらっしゃいましたけれど、小学校から一緒の同級生は、どちらかと言えば控えめでしたね」
乙羽は小学校から私立育ちのお嬢様、明日香は高校まで公立育ち、同窓生とはいえ違いすぎる。
それでも明日香に親近感があるのか、歓迎会以来、乙羽から声がかかることが多くなった。
「部長の奥様と同じ大学なんて、いいわね、明日香さんは。私も東京の女子大に行きたかったの」
歓迎会のあとから何かと明日香に話しかけるようになった田中幸子の言葉は、嫌味な感じではないが、「いいわね」 と言われても返事に困る。
乙羽とは出身校が同じというだけで接点はない、けれど、同窓というだけでうらやむ人がいるということを明日香は知ったのだった。
後日、五月にこの時のことを話すと 「羨ましがられても困るわよね」 と苦い顔をした。
30代後半の五月の夫と田中は同期入社ということもあり、田中の家族について五月の耳にも入ってくる。
「田中さんのお子さん、早期教育に熱心な幼稚園に通っているんだって。お稽古事にも熱心で、幸子さんは毎日送り迎えに忙しいそうよ」
田中の妻の幸子に会えば必ず子どもの話を聞かされるうえに、夫のポジションや昇進にも触れられて返事に困るのだと五月は苦笑いした。
「五月さんのところはいいわね。二度の海外赴任で、出世も早いでしょう。うちはまだまだよ。娘たちのためにも頑張ってほしいのに、って言われてもね」
「田中さん娘さん、しおんちゃんって、かわいい名前ですね」
「下の子はりんかちゃん。子どもたちの名前には力を入れたんだって。自分たちの名前は平凡だからと幸子さんに言われたけれど、そうですねとは言えないでしょう。
私はね、そんなことないでしょうって、大人の返事をしたつもり。そうしたら、五月さんはいいじゃない、ご主人の名前も自慢できるんだからって。
そんなこと思ってませんって、ホント困るわぁ」
五月の夫の名前は、坂東 漣 (れん)。
同じ年代にはいない名前かもしれないけれど、いまはそうでもない、どこにでもある名前なのよ、珍しくも何でもないと言い、
「海外赴任を経験したから出世が早いって、誰が決めたの? 短い間に二回も行って、どれだけ大変だったか、幸子さんはわかってないのよ。
それに、うちのと田中さんは仕事も違うのに、比べないでほしいわ」
あまり感情をあらわにしない五月が、幸子のことになると顔をしかめていかにも迷惑そうで、対応に相当苦慮しているらしい。
田中家の夫婦の名前は実と幸子、確かに平凡かもしれないけれど、人をうらやむのはどうだろう、違うような気がすると、そのとき明日香は思ったのだった。