社宅ラプソディ
大樹、大輝、大紀、大貴、と名前を並べて候補を絞っている、まだお腹の子は男と決まったわけでもないのにと五月は不満そうだ。
「ダイキも悪くないけど、すごく多い名前だよ。ダイキ君たちが言ってたけど、クラスにダイキが数人いたこともあるそうだから」
「そうなんですか? 昔は実さんが多かったそうですね。幸子さんのご主人の田中実さん、日本に一番多い名前だって。ダイキ君もそうなるかも?」
美浜と明日香のネガティブな発言に、五月はきれいな眉を寄せた。
「五月さんのご主人の名前は漣さんでしたね。一文字の名前、ステキだと思うけど」
五月は少し目立ち始めたお腹に目を落としながら、そうね、一文字の名前を考えてみようかな……とつぶやいた。
グッチさんの息子さんも一文字の名前ですね、名前は……と言いかけて、明日香の頭に関係のないことが浮かんだ。
「グッチさんちの息子は雄君だよ。明日香ちゃん、思い出した?」
「あっ、すみません。なんか、全然違うことを考えちゃって」
どうしたの? と五月と美浜にのぞきこまれた明日香は、言いにくそうに口を開いた。
「どうでもいいことなんですけど……グッチさんって、いつでもどこでもグッチのバッグ持ってますね。どうしていつもブランドバッグを持ってるのかな。
ぎゅうぎゅうに詰め込んだバッグに、何が入ってるんだろうって気になっちゃって」
「あっ、私も気になるな。美浜さん、知ってそうですね」
今度は美浜が明日香と五月に顔を覗き込まれた。
「えっと、知ってるけど、ここで言うのはちょっと……」
「そんな重大な秘密なんですか?」
「うっ、うん、そうだね。彼女、小泉課長のお母さんの介護をしたんだよね。そのあとからあのバッグを持つようになってね」
夫の母親の介護を嫁である小泉棟長がした、その礼が高価なブランドバッグだったのかと明日香が尋ねると、美浜は、「まぁ、そうなんだけど……」 と答えたが歯切れが悪い。
ほかにも理由があるんですね、との五月の問いかけにも 「あるにはあるんだけど……」 と多くを語らない。
「あのさ、私が引っ越したら教えてあげる」
社宅の住人に聞かれたくない内容であるのか美浜はそれ以上を語らず、ふたりも無理に教えてくれとは言えなくなった。
「わかりました。お引越しがすんだら、すぐ遊びに行きます。その時教えてくださいね」
「うん、わかった。そう言えば、明日香ちゃんとこ、グリさんのお母さんが来るんだって?」
明日香が呼ぶのを真似て亜久里を 「グリさん」 と呼び始めた美浜は、思いついたように話題をかえた。
「そうなんです。来週の火曜日から四日間の予定です」
「こちらに四日間もいらっしゃるの? 大変ね……」
五月が気の毒そうな顔をした。
美浜も似たり寄ったりの顔で、大変なんですとも、気を遣いますとも言っていない明日香に向かって 「がんばって」 とエールを送った。
「義母が社宅にいるのは半日くらいなので、私は頑張らなくていいんです」
博多市内のホテルに連泊するので社宅には泊まらない、社宅には寄るが昼に来て夕方には戻る予定らしいと説明すると、ふたりは目を丸くした。
「お姑さん、息子さんの転勤先の様子を見に来るんじゃないの? 息子さんにも会わないで、なんでこっちに来るの? 明日香ちゃんが、ちゃんと嫁をしてるか確認に来るの?」
矢継ぎ早の美浜の問いかけに、明日香は笑いながら義母がくる理由を伝えた。
「義母が福岡に来る目的は博多座ですから」
「博多座って、あの博多座? 演劇とかの?」
「はい、観たかった舞台のチケットが手に入ったと喜んでいました」
美浜と五月の目は、驚きでさらに丸くなった。