社宅ラプソディ


亜久里の母、佐東しのぶから電話があったのは先週のこと、地方公演を観に行くついでに寄りたいが、そちらの都合はどうだろうと伝えられた。

帰宅した亜久里に義母の電話を伝えると……


「お袋の目的は博多座だろう。歌舞伎? 宝塚?」


「宝塚。宙組トップスターさんの、お披露目公演だって」


「相変わらずだよな、うちのお袋は。息子よりトップスターだもんな。で、親父には亜久里のところに行くって言ってるんだろう?」


「そうみたい」


福岡へ出かける口実は息子の家を訪ねるため、けれど、大好きな舞台を観ることが第一目の的である。

舞台鑑賞が趣味の佐東しのぶは、年に何度も舞台を観るために劇場へ足を運ぶ。

地方公演にも出かけるが、転勤先の息子の元を訪ねると言えば夫の機嫌も良い。

しのぶは去年の秋も、そのころ名古屋勤務だった亜久里の元を訪ねてきたが、本当の目的は舞台鑑賞だった。


「名古屋は御園座だったよな。誰かの襲名披露公演だったっけ。親父は、まさかお袋がスターの追っかけをしているとは思わないだろう」


「お義母さんが舞台を観に出かけるの、お義父さんは反対なの?」


「いや、反対はしない。けど、積極的に行けとは言わない。まぁ、お袋がこうやって出かけるようになったのも最近だけどね」


亜久里の父が現役の頃は、専業主婦で家をしっかり守り子育てに専念していた。

もともと舞台鑑賞が趣味だったしのぶは夫の退職後から活動的になり、地方公演にも出かけるようになった。

出掛けた先で友人ができて、そのつながりで次の公演にも足を運び、友人の輪はどんどん広がっている。

ネットサークルにも参加しており、サークル会員の紹介で博多のホテルも予約した。


「しかし、チケットが良く手に入ったな。最近はネットだろう? 自分で手配したのかな」


「お義母さん、友の会の会員だから優先購入だって。でも、三日間連続でチケットがとれるなんて、すごいね」


「へぇ、ネットで優先購入か、そんなこともできるんだ。スマホやパソコン、親父より詳しいんじゃないか?」


「お義母さん、使いこなしてると思う。ずっと先の公演予定も、全部スケジュール帳に入ってるのよって、見せてもらったの」


正月に帰省したときの、しのぶとの会話を思い出した明日香は 「そういえば」 と気になることを口にした。


「お正月に帰ったとき、今年の秋に博多座の公演があるから、一緒に行きましょうねってお義母さんに誘われたんだけど……」


そのとき、福岡で合流ですか、それともお義母さんが名古屋にいらっしゃって、それから一緒に出掛けるんですかと、明日香は思ったままを口にした。

しのぶは慌てた様子で 「あら、そうだったわね。名古屋から出かけるのは大変ね」 と誘いを引っ込めた。

今になり思いかえしてみると、おかしなやり取りである。


「ねぇ、お義母さん、どうしてあのとき私を博多座の公演に誘ったのかな? もしかして、グリさんの転勤って、前から決まってたの?」


えっ、と驚いた亜久里の顔は、そうだと言っているのも同じだった。

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