社宅ラプソディ
今年の正月のころ、亜久里は名古屋勤務だった。
名古屋にある御園座に一緒に行こうと誘うならともかく、福岡の博多座へ明日香を誘うのは無理がある。
明日香はここぞとばかりに、これまで抱えてきた疑問を並べた。
「実はさ……二年前から、次は福岡本社に行ってくれないかって言われてた。ごめん……」
「二年も前から? そうなんだ……いまさらだから、もういいけど……転勤の話、お母さんも知ってたんだ」
「うん、一年か二年先に、福岡に転勤かもしれないってお袋に言った。そしたら、早く結婚しろって言われた」
「私に結婚しようって言ったのは、お母さんに言われたから?」
「違うよ。俺は明日香と結婚するつもりだったから……」
ふぅ……と深いため息をついた亜久里は、なにを言っても白々しいよなとつぶやいた。
「べつにいいんじゃない? 結婚するきっかけだから」
「あっ、うん……けど、お袋もお袋だよな。博多座のチケット、明日香の分も予約したんだろう? 明日香の都合も聞かずに予約するとか、おかしいだろう」
「私は誘ってもらって嬉しかったけど」
「そお?」
「うん」
「ありがとう……」
「どういたしまして」
顔を見合わせて、ふふっと笑い合った。
「私の分は払っていただいたのよ」
「当然だろう。美味しいご飯もおごってもらうといい」
「そうだね」
一触即発だった夫婦の会話は、穏やかに落ち着いてきた。
もっとも、結婚して一年、亜久里と明日香はケンカをしたことはない。
今夜も、互いを認めることで夫婦の穏やかな時間が保てたのだった。
佐東しのぶが 『梅ケ谷社宅』 を訪れる日、明日香はようやく運転に慣れてきた車で最寄りの駅まで迎えに行った。
車に向かって手を振るしのぶの横に乙羽が見えたような気がして、明日香は目を凝らした。
やはり乙羽である。
なぜ一緒にいるのかと首をひねりながら、ふたりが待つ駅前ロータリーに車を寄せた。