社宅ラプソディ
「えっ、宝塚のチケットを有栖川さんに譲ったのか」
「うん。乙羽さん、まあこさんの大ファンなんだって」
まあこさんというのは宙組のトップスターの月風星良だよと、接待に付き合い遅く帰ってきて、茶漬けをさらさらとかきこむ亜久里に説明した。
明日香は 『博多座』 の自分の分のチケットを乙羽に譲ることにしたのだった。
「ファンだから観たい気持ちはわかるけど、明日香のチケットは明日だけだったよな? 一回しか観る機会はないのに、それを譲ってよかったのか?」
「こんなこと、乙羽さんやお義母さんの前では言えないけど、私はまあこさんに特別な思い入れもないからいいの。舞台を観るんだったら、宝塚より劇団四季がいいな。ねぇ、知ってる?」
福岡にも四季劇場があるんだよと、亜久里にお茶を淹れながら明日香は得たばかりの情報を披露した。
へぇ、そうなんだと、亜久里の返事は興味なさそうだったが、明日香が乙羽にチケットを譲ったことがまだ気になるようである。
「明日は私も一緒に出掛けて、お昼を一緒に食べて、お義母さんと乙羽さんは博多座に行って、私はお買い物。
博多の駅ビルって大きいんだよ」
明日はホテルランチにしましょうと提案したしのぶは、その場でささっとネット予約した。
亜久里が明日は帰りが早いと聞くと、じゃぁ明日、亜久里の顔を見にもう一度ここに来ようかなと言いだした。
自分の予定を口にしてから、「明日香さんの夕方の予定は大丈夫?」 と明日香を気にするところがしのぶらしい。
「大丈夫ですよ」 との明日香の返事を聞くと、「わかった、決まり」 と即決で、明日の再訪が決まった。
とにかくフットワークの軽い義母である。
「ごめんな、お袋に振り回されて」
「そんなことないよ。明日はホテルランチとショッピング、楽しみだな。駅ビル、ゆっくり見たかったの。ごめんね、わたしだけ楽しんで」
「いいよ。俺はとにかく、明日は早く帰る。明日お袋に会えないと、明後日も来そうな勢いだからね」
さすがに亜久里は自分の母親を良くわかっている。
三日間連続で博多座に通ったしのぶは、連日出かけていった乙羽の案内で福岡を満喫して帰っていった。
後日、乙羽から礼にもらったハンカチは、レースがふんだんにあしらわれた上等な品だった。
ハンカチは 「お取り寄せ」 の一品で、さすが部長夫人になる人は気遣いがちがうと明日香は感心したのだった。
「わぁ、きれい……お手拭きに使うのはもったいないハンカチだね」
「近沢レースね。ちょっとしたお礼や、気軽な贈り物に人気があるのよ。季節限定品は、すぐに売れきれるそうだから」
しのぶが帰ったあと、数日ぶりに美浜の家に手伝いに行った明日香は、乙羽からもらったハンカチを美浜と五月に披露した。
もらったハンカチについて五月は詳しかった。
「豪華なレースだけど洗っても形が崩れないし、今治タオルだから生地もしっかりしてる、見た目より使う機会が多いと思う」
「へぇ、お礼にぴったりのハンカチだね。明日香ちゃんも、お姑さんと出かけるより良かったじゃない」
仲がいいとは言っても、そこは嫁と姑、いらぬ気遣いをしてしまう、だから乙羽にチケットを譲ったのは賢い選択だったのではないかと、美浜は本心をついてくる。
「乙羽さんにチケットを譲って乙羽さんに感謝されて、お姑さんにもいい印象を持たれたんじゃない? できた嫁だって」
「できた嫁かは怪しいですけれど、感謝はされました。私は、美味しいご飯をごちそうしてもらったので、それで満足です」
これでお買い物をしなさいと、しのぶに商品券をもらったことは美浜と五月には言わなかった。