社宅ラプソディ
亜久里には 「お義母さんからお小遣いをいただいたの」 と伝えたが、二万円分の商品券であったことは伝えていない。
とにかく、すべて上手くいった、しのぶの初訪問である。
「いいわね、明日香さんは。うちは、はぁ……」
五月が深いため息をついた。
これまで子どもができなくてもなにも言わなかった姑が、孫の誕生が現実になりそうだとわかったとたん関心を示すようになったのだと、五月はまたため息をもらした。
「うちは男の子ばかりだから、五月さんは女の子を生んでねって、そんなこと言われても困るのに」
「レンさん、男ばかり?」
美浜は、明日香の夫は 「グリさん」、五月の夫を 「レンさん」 と名前で呼んでいる。
「男三兄弟、うちは次男。義兄も義弟も、子どもたちも男の子ばかりだから、この子が最後の望みだって」
「うわぁ、プレッシャーですね」
明日香の言葉を聞いた五月は、わぁっ、と声をあげて顔を覆った。
「わっ、ごめんなさい。泣かないで」
「泣いてないけど、泣きたい気分。坂東の両親がこちらに来ることになったの、赴任先を見たいと言いだして。主人が、来るなら子どもが生まれる前にしてくれと返事をしたら、じゃぁ来週行くからって」
「そりゃ大変だ」
美浜がおおげさに顔をしかめた。
「レンさん、岩手の出身だったね。岩手から福岡にわざわざくるんでしょう。簡単に来られるところじゃないから、一回来たら気がすむんじゃない?」
「たしかに距離は遠いけれど、坂東の家は空港の近くなんです。花巻空港から福岡空港まで直行便がいるので、飛行機で2時間半ですよ」
そして、福岡空港と駅は近い、数分で移動できる。
電車に乗ってしまえば 『梅ケ谷社宅』 まで数十分で来られるというわけだ。
宮崎の地方からここに来るより、岩手から来る方がよっぽど早く着くねと、美浜は変な感心のしかたをしている。
「九州ははじめてだから案内を頼むって、こっちの予定も聞かずに決めちゃったんですよ。あぁ、気が重いわ」
「まさか、社宅に泊まるとか、ありませんよね」
「義母はそのつもりだったみたい。そちらに泊まらせてくれって言われたけれど、それだけは断ったの。だって、どう考えても無理でしょう。私がもたない」
いくら五月が部屋を綺麗に片付けているとはいえ、狭さはどうにもならない。
空いたスペースに二組の布団を敷けないことはないが、布団を片付けなくては食事もできない狭さなのだ。
五月のストレスがたまるのは目に見えている、狭さを理由に断る方が良いに決まっている。
「だからね、福岡市内にホテルをとったの。ホテルなんてもったいないって義母に言われたけど、せっかくですから良いところに泊まってくださいって押し切った」
グレードの高いホテルを用意したと聞かされて、坂東の両親は喜んだという。
「グリさんのお母様のお話を聞いて、そうだ、ホテルに泊まってもらおうって思いついたの。主人の有休がとれたから、こちらから出かけて行って観光案内をするつもり」
「それがいいわ。ちょっとお金がかかるけど、ここに来られるよりいいでしょう」
「五月さん、無理しないでくださいね」
ありがとうと言う顔は、夫の両親に振り回されて、すでに疲れ気味だった。
五月から、夫の両親の接待に心底疲れたと話を聞いたのは翌々週、そして、その翌週、美浜の家族は完成した新居へと引っ越していった。